10年程前、毎日飽きるほど聴いてた・・
ブラジル人歌手Leila Pinheiroのアルバム『Coisas do Brasil』
から1曲。
【Gostava tanto de você- Leila Pinheiro 】
ポルトガル語まったくわからないけど、とりあえず泣いていいですか?
当時同じマンションに住んでて毎日のように遊んでた、
ブラジル人のお友達が貸してくれたんだった。
彼女は私が遊びに行くと、私が好きだと言ったこのアルバムをかけてくれて。
「アイロンシテナイ」と笑いながらシワシワのブラジル国旗をテーブルに広げ、
その上で濃いブラジルのコーヒーを飲んだ。
日本のコーヒーは薄くて飲めないと。
好きな人のために地球の裏側からやって来た彼女は、顔も心も本当にきれいで・・
「サミシイ」と言いながらも、暗い顔をする事はなかった。
写真で見せてもらった彼女のブラジルの家は、大理石の豪邸にお手伝いさんがたくさん。
不自由ない暮らしと、愛する家族と友達、仕事にサヨナラを告げてやってきた日本は・・
期待と違うことも多かったと思う。
現にその時私たちが住んでいたマンションは、古くて小さくて質素。
言葉も習慣もほとんどわからない中での子育て。
ご主人の帰りも遅かった。
それでも私は、彼女の暗い顔を想い出すことができない。
彼女は私と同い年だったけど、ひとまわり年上の素敵なご主人を心から愛していて、
子供たちを可愛がり、初めての寒さと戦い、地震に脅えながらも(ほんとに怖がってた!)、
日本に馴染もうと努力してた。
私は、自分の環境の恵まれてないところを探し出そうとしてるような自分が恥ずかしかった。
彼女は間違いなく、私の人生に良い影響を与えてくれた一人。
ゼニ!オブリガーダ!←ポルトガル語色々教えてもらったけど、これしか覚えてない。。「ありがとう」の意味。
ちなみに男性は、オブリガード!になるらしい。
今でもこの曲を聴くと蘇る。
雨の朝。
シワシワのブラジル国旗。濃いコーヒーの香り。
彼女の笑顔と、私の笑顔と。
言葉は・・最初はまったくと言っていいほど通じなかったんだけど、
半年くらい経ったら普通に話してたなあ。。
でもそう言えばその半年間、私は彼女とどうやってコミュニケーションとってたんだろ?
想い出せない。。全然想い出せない。
たぶん音楽聴いて、コーヒー飲んで、
まだハイハイしてた子供たちが遊んでるの眺めながら、
目があったら笑ってたんだろう。
そういう関係って理想的だけど、言葉なんてない方がそれを作り出しやすいのかもしれない。
あー懐かしい。
会いたいな、ゼニ。
今でも年賀状だけは!彼女はご主人の転勤で仙台に何年かいて今は横浜。会おう。
余談ですが。
彼女の開催したパーティーに招待されて一人で行ったら・・
ブラジル人の男女ばかり何十人もいてさすがにビビった!
しょうがないから教えられるままにブラジルの?(サンバの?)ステップ踏んで踊りまくり、
疲れ果ててもやめたら手持無沙汰なので踊り続け、
最後ぜーぜー倒れそうになってたら知らないブラジル人に
「アナタハートハブラジルジンネ♪」とハグされた。。そんな想い出。
マジで言葉とかいらねー!!
ってハートで感じた。。そんな想い出。
もちろんその辺にあったいちばん強そうなお酒飲んでから踊りました。
いくらちなっちゃんでもシラフじゃ無理!ブラジル人の迫力すごいんだから!
この想い出がなかったら、たぶん「浅草サンバカーニバル」出てないな。
たぶんね。出てたかもしれないけど。。てかまた出たいかも。出てやろうかな。