こんばんは。

最近、地震関連のニュースが多く「あ、やっぱり日本は地震の多い国なんだ」という事を感じる今日この頃。

また、中国・四川でおきた大地震もあり、今年はとても地震の多い年だなって考えさせられてます。


私は、最近色々なことを考えます。

まず、今現在、クリニックで臨床工学技士として透析室で働き、患者さんと接し少しずつ病院の中の事や病院の求めているものが判って来て私は思うのです。私は、現場は是非、患者さん第一主義であって欲しいと思っています。患者さんが可哀想だなんていいません。そんな事を思った時点で、それは私が上から患者さんを見ていると言うことになるからです。そんな風に思ってしまったらきっと私は悲しい人間になってしまうような気がして仕方ないのです。


さて、なんでこんな地震と現場が患者さん第一主義であって欲しいのかなんて思ったのかと言うと、

先日、機械のチェックに回ったとき、患者さんから突然こんなことを言われたのです。


患者さん:「ねぇ、私たちはいつも機械に繋がれて透析受けてさ、もし地震があったらどうするの?看護師さんた     

       ちは守ってくれるのかね?屋根とか落ちてきて潰れたりして落ちてきてもし、死んだらどうなるんだろ

       うね。」


こんなことを言われて、私は考えてしまいました。

確かに、患者さんのベッドには必ず緊急離脱セットが準備されていて、いざと言うときは離脱セットで機械から離脱させて避難をさせます。

患者さんの言葉を聴いて私は、すごくズキっとしました。患者さんは常に不安に苛まれているのだなと感じました。そして、患者さんに何も言えずにその場を離れて作業を終えました。

そして、機械室に戻り、その事を先輩に話すとこういわれました。


先輩:「私達が患者さんの命の選択をすることは出来ないよ。だけど、現実問題として受け止めてね。今からす

    ごく酷な事を言うけど覚悟してね。今から、助けられる患者さんと助けられない患者さんを選んでおきなさ 

    い。」


 こう言われました。病院やクリニックは、患者さんの悪い部分の治療をする場所であって命のふるいわけをする場所ではなく、当然の様にすべての命が平等に助けられるべきだって思っていました。

(御幣があると嫌なので透析室においてということにしてください。)


でも、災害のときは、まずは自分の身を守りなさいと言われました。そして、臨床工学技士として透析治療が出来るのか否かを透析用の患者監視装置と透析液作成装置と供給装置それらがすべて使用可能なのかを確認し、治療の続行可能ならその旨を医師に伝え、医師が治療を続行すると言えば治療は続くし駄目なら離脱させて避難するといわれました。しかし、自分で出来る人は良いのです。でも、車椅子がないと動けないとか痴呆のせいで状況判断が出来ない人とかケースバイケースだけどある程度災害時に助けられない人が出てくるのだと言うことを認識しないといけないのだと知りました。

もちろん、全員救出が大前提だけどそういう事も考えなさいと言われました。


生きたくても生きられない人、生きたくないから自ら命を絶つ人、生かしたいのにいかせられない人。

人の命は、すごく尊く、重みがあり何者にもかえられないものです。

それを大事にしなければいけない。大事にするためにはどうしたらいいのだろうか。

そんな事を日々考える麗華です。

きれいごとかもしれません。先輩にも綺麗ごとだっていわれました。

それでも、模索しないよりは模索して何か一つでも見つかれば良いなって思うから悩むんです。

先輩の言った意味が判るまできっと時間がかかりそうです。


お願い。


皆さん、これはあくまでも麗華の意見ですのでこれを基にした意見はしないでください。

皆さんの心の中に自分ならどうかって問いかける程度にしてください。