皆さま、こんばんは(*^_^*)

皆さまは、お買い物によく行かれるでしょうか?



私は、昨日、とても久しぶりに新宿のデパートへお買い物に行きました。

無事に気にったものと出会うことができ、プレゼント用に包装していただきましたラブラブ

包装してくださったのは、ちょっと珍しく、男性の店員さん。



彼は、慣れた手つきながらも、品物をいとおしむかのように、丁寧に丁寧にラッピングしてくださいました。

見ていて、何か、他の店員さんと違う・・・と感じました

どちらかというと、ゆっくり。

かと言って、時間がかかる、待たされている、という感じは全くしません。



そのしぐさを見ていると、何か、別の世界に入り込んだかのような、時間が止まったかのような気がしました。

見ているだけで、ほんわかとあたたたかな気分になりました。

そして、もっともっと見ていたい・・・と感じていました。

(実際は、包み終わるまでに、おそらく1分もかかっていないと思うのですが)



包装を見ながら、この気持ち、何かと似ている・・・、そう、「おくりびと」を見ているときの気分と似ている、と気づきました。


映画「おくりびと」は大ヒットしましたので、ご存知の方も多いことでしょう。

本木雅弘さんが「納棺師」の役で主演された映画です。

亡くなられた方のご遺体を浄め、納棺する、納棺師という職業が知られるようになったきっかけにもなりましたね。



私はこの映画が大好きです。

どこが好きかというと、本木さん演じる納棺師の仕事ぶりが描かれた場面が一番好きです。

慈(いつく)しむかのように丁寧にご遺体を浄め、白装束に着替えさせるいくつかのシーンです。



ご家族やご親族が見守る中、ご遺体の肌が納棺自身を含めて人目に一切触れないように、それでいてご遺体をほとんど動かすこともなく、美しい所作で作業をされています。


その大好きなシーンを見ているときの、「ああ、もっとこの場面を見ていたい」という気持ちと
よく似ていたのです。


なぜ、もっと見ていたいと思うのでしょう・・・。

思うに、おそらく、丁寧に品物を包んでくださる様子や納棺師の仕事ぶりに愛を感じるからです。

彼らの作業を見ているのではなく、その仕事ぶりを通して、愛を見ているのだと思います。

私は、愛をもっともっと見ていたいのだなと思いました。



そこで、ふと思いつきました(^^♪

自分でそれをすればいいんだ、と ヽ(^。^)ノ


ハンドクリームを手に塗るときも、食器を洗う時も、パソコンに向かってキーボードを打つ時も、いつも、その作業を慈しんで行えば、好きなだけ見ていられます!

なんといっても、私の手ですから(笑)。



よくカウンセリングの世界では、「自分を大切にしましょう」とか、「自分を愛しましょう」と言います。

「自分をほめましょう」「自分をねぎらいましょう」とも言います。

まったくもって、その通りです。



でも、これが難しくもあります。

失敗すると自分を責めたり、人と比べて自分を否定したり、時間がないからと自分へのケアをおざなりにしたり・・・。

私も他人ごとではありません。

ちょっと立て込んでくると、睡眠を削り、コンビニ弁当を食べているのは誰でしょう(笑)。



でも、「自分を愛する」というような、抽象的で大きなことではなく・・・、

目の前のことをするときに、時間のことはいったん忘れて、大好きなものを慈しむときのように行うというのなら?

自分自身がそれを見せてもらっている観客のような気分になるのなら

ずっと具体的で、簡単なのではないでしょうか。


きれいにネイルをほどこした自分の手を見ると、気持ちが癒されるという女性多いと思います。

あれも、ただ「きれいだから」というだけではないのかもしれません。

そんなふうに、時間をかけ、手をかけて、自分の身体を愛している、その愛を見ているから、心があたたまるのかも・・・虹



実は、時間に追われることなく、目の前の一つ一つのことに丁寧に取り組むと、心安定するということはわかっていました。


でも、それは、「今」「ここ」に居ること、「過去」や「未来」へのとらわれから自由になっていることによるものだと思っていました。


それもそうなのでしょうけど・・・。

「愛を見ているから」と思う方が、なんだか素敵で、気に入っています。



FEEREST -Feel and Rest- トラウマを癒す身体