身体の感覚とは、どのようなものでしょう?


 


足がしびれたときの「ジンジンする感じ」、指をドアにはさんでしまったときの「痛み」、お風呂上がりの「ポカポカしたあたたかさ」・・・これらはすべて身体の感覚です。



 


私たちは、さまざまな身体の感覚を感じながら生きています。



 


でも、そのわりには、一つ一つの身体の感覚にそれほど注意をはらっていませんよね。


 


というのも、私たちは、身体の感覚一つ一つではなく、それらを通してひとまとまりに感じとれるものを「体験」しているからです。


 



ちょうど、パソコンやカメラの画面で、一つ一つの「画素」を見ているわけではなく、それらによって描き出された「画像」を見ているのと同じです。


 



身体の感覚で例をあげてみましょう。



 


たとえば、全身から力が抜ける感じ、のどが何かでふさがれた感じ、胸のあたりがきゅっとしめつけられる感じ、目の中がぬれている感じ、ほっぺたの上を水分が流れ落ちる感じ・・・などの身体の感覚を感じたとします。


 


そのとき私たちは、これらの身体の感覚一つ一つに注目しているわけではなく、これらを通して、「悲しい」という「体験」をしています。


 



別の例をあげましょう。



 


たとえば、背中やおしりや太ももがやわらかいものでしっかりと支えられている感じ、おなかがゆったりとやわらかい感じ、全身のあたたかさ、肩の力が抜けた感じ、胸が楽に動いて息がしやすい感じ・・・などの身体の感覚を感じたとします。


 


このとき私たちは、「このソファに座るとリラックスするなあ」という「体験」をしているのです。



 


 


私たちが「悲しい」「リラックスする」などと、感情を感じたり、体験に名前をつけたりするとき、3つの脳の働きの中の哺乳類脳(感情担当)や人間脳(理性担当)が活躍しています。


 




けれども、もし、「体験」を感情として感じたり、それに名前をつけたりせずに、一つ一つの身体の感覚に注意を向け続けるなら、そのとき私たちは、爬虫類脳にアクセスしていると言えます。


 



(つづく)