どうも! 林田です。
今日の記事は、
「自分が選んだ目的に確信を持ちたい!」
というときに、
あなたの中で
何かの気付きになればと思います。
天は人の上に人を造らず
人の下に人を造らず・・・・・・。
という文言で始まる
かの有名な「学問のススメ」ですが、
福沢諭吉はあの中で、
「人はみんな分け隔てなく同等な存在ですよー!」
という
ある意味平和主義的な主張を
していたのでしょうか?
私は学問のススメを
完全読了したわけではないので
詳しくは分かりませんが、
あの書物は、
私たちが人として生きてゆく上での
効果的な道徳観念や
行動規範を記していますよね。
そして、
平和的な主張というよりは
むしろ厳しい内容が綴られています。
平和的どころか、
「人生全般にわたって勉強し続けて
それを活用する姿勢を持ってないと、
あなたそのうちエライ目に遭いますよ!」
という脅しのメッセージにも聞こえます。
けっこうシビアです。
現実社会においても
リーダーや経営者など
一定の影響力を発揮している人々の姿勢をみると、
勉強は永遠に続き、
常にインプットとアウトプットが
繰り返されていることに気付かされます。
彼ら(彼女ら)は共通して
ある信念のようなものを持っています。
で、
その信念が
学びの永続を可能にさせているんですね。
その信念は、
多くの人にとって
単なる根性論に聞こえる場合もあるのですが、
彼ら(彼女ら)は現実世界で
多くの証拠となる実例を目の当たりにし、
それが単なる根性論ではなく真実であると
結論付けているのです。
目標の達成や
理想を追求する方法が、
誰にでも学べることであると
結論付けているのです。
もちろん、
彼ら(彼女ら)にとっての
理想の在り方は、
そんなに単純なものではない場合が多いです。
複雑なものであればあるほど
必然的に一定の時間軸を
必要とするわけですが、
真実にとっては
その時間軸の経過は問題にはならないのです。
一方、
根性論の方は
時間軸に大いに影響されて
集中力を失う可能性が高くなります。
もしもあなたの信念が
まだ確信に到達していない場合、
一刻も早く
その信念をバックアップする現実をかき集めるのです。
現実をかき集めることは
学ぶこととイコールです。
あなたは、
学ぶことをススメられているのです。
根性論を
確信的な真実に書き換えるように
ススメられているのです。
あなたの理想や目的がはっきりしているのなら、
それを成し遂げた方法は
すでに星の数ほどあります。
探して見つからない方法は
今の時代ほぼ無いでしょう。
それらの中でどの方法を選ぶのか?
選ぶ主導権が
あなたのほうにあるのは明白です。
そして、
あなたをその方向にコンディショニングするための
必要な人々と関わり、
適切な環境と関わり、
学んでゆくことを選択できるのです。
「それでも私なんて・・・。」
とか、
思う必要すらありません。
なぜなら、
確信の少なさとは、
今現状の選択肢の範囲内に限っては
希望が少ない、
というだけのことに過ぎないからです。
要するに
ただの幻想なのです。
もしかしたら、
あなたがちょっと動いただけでも
あなたの目的地の
ブラインドになっている場所から
抜け出せる可能性だってあるのです。
動くことも
学びだといえるのです。
ただ動くことさえ
ススメられているのです。
自らに絶望した暗黒の状況と
理想が現実に変わってゆく状況、
この両サイドから
自分を見つめる経験をした後には、
精神的にも物理的にも
福沢諭吉への理解が
現実化します。
福沢の顔が印刷されている紙が
何を意味しているのか?
その理解が
現実化するのです。
そして、
その現実化は
1回だけでは終わりません。
回数がどうこうという
概念のものではないからです。
その後も永続的に学習し、
インプットとアウトプットを
繰り返してゆくプロセスが、
定点観測の結果よりも大切だと思いはじめるのです。
それは
あなたにとっての確信が
脳内で恒常化したことを意味し、
今後の長きにわたって
あなたに自信と勇気を
もたらしてくれるものなのです。
その自信と勇気を
感じている状態こそが、
まぎれもなく
あなたにとっての自由なのです。
