ビジネスの世界において政治・宗教・家庭等の話題は触れてはいけないと言われる
でも実際は、これらの話自体が悪いのではなく、正確に言えば、その話題によって相手の心の深くに土足で立ち入ってしまうことがいけないことなだけであって
ちゃんとクツを脱いで
「おじゃまします」
と言えば大抵受け入れてくれるし、時には心の深くに上がり込むことも必要なことなのだと実感しました
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政治・宗教・家庭の話題の中には、いずれも人の価値観の基盤・信条に触れやすい言葉(ワード)が多分に含まれているので、通常の話題よりもデリケートに扱っていく必要がある
だからそういった話題を持ち出すのは、わざわざ地雷源を駆け抜けるような自殺行為に見えなくもない
けれども少し仲良くなった人と更に仲を深めるには過去の生い立ちを共有する機会(必要)も出てくるし、
その際にこれらの話題を腫れ物のように扱い避けるのは、相手と自分の心の間に壁を作るようでどこか違和感がありました
この先には進ませないぞ、みたいな
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僕はその“嘘をついてる感”が嫌で、あるときから仕事の場で自分が思うこと考えることすべてをどんな話題でもオブラートに包まずに話すようにしました
すると不思議なのですが、その時から相手も自身の身の上話やぶっちゃけた内容を含みを残さずにすべて話してくれるようになった上に
仕事における有用な情報をくれたり仕事を紹介してくれたりする頻度もだいぶ増えました
それも一人や二人の話ではなく、オブラートを取っ払ってからは結びの強い取引先が二桁に増えました
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素直になることについて、最初はどこかで
「嫌われたくないな」
「仕事が減ったらどうしよう」
と考え躊躇していたのですが、そもそも心を解放しないで付き合う関係なんか所詮脆いものなのだと気付き
たくさんの脆い人と関係を続けるより、少なくてももっと仲良くなりたい大切にしたい人とたくさんの仕事をすればよいなという結論に至りました
考え方を嫌う人は嫌えばいいし、あえて馬鹿にしたりさげすむような人とは無理に付き合う必要はないし、むしろ要らない。
たとえそのような取引先が減っても世の中無数に出会いが存在しているのでまた探せばいいやって。
極論、たとえ10000人に嫌われても日本にはあと1億1999万人、世界でみたら59億9999万人のまだ見ぬ人がいるのですから全然道はあると思うのです。
そのうちのごくわずかでも大切にしたいと思う人と繋がれればそれでいいと思うのです
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――人によって是非が別れると思いますが、たとえビジネスの世界であっても僕はやっぱり踏み込んだ話もしていいと思います
人生は短いけれど、そこに占める仕事の時間の割合は多いから、気持ちを隠して表面上だけの付き合いで仕事の時間を過ごすのは僕はなんだかもったいないような気がして。
「君は損をするよ」
と言われたこともありましたが、それでもやはり僕は素直でありたいです