Show must go on
輝く白いマットを眩しいスポットライトが照らし、
次の見世物の出番を待つ観客は容赦の無い好奇の視線に薄ら笑をうかべ
時折、罵声とも、どよめきとも感じられる声を響かす。
ストイックで寡黙なボクサーはひとり控室でそれらの群像を
追い払うかのようにテーピングをした拳でシャドウを繰り返す。
緊張のライブ前にはこのボクサーに自分を投影するのが
若かりし日の俺のやり方だった。
本番直前まで緊張の糸を張りつめておいて
それを一気に爆発させる・・・・
何も、そんなに入れ込む必要はないだろう?
別にプロじゃないし、莫大な金が絡んでる訳でも無し。
ちょっとしたイヴェントとして楽しむ。
(いい汗かいて、旨いビールが飲めれば良い)
そんな考えがあるのは解る。
去年まで手伝ってた地元バンドはそういうノリだった、
温度差が生じたのは当然だ。
しかし、草野球だってヘボ将棋だって
真剣にやる方が面白いに決まってる!
若かりし日、俺はこうした精神の奥深くたとえ金を積んでも
味わう事の出来ない独特な世界に遊ぶ事を愉しんだ。
それは、自分の精神世界を他人のそれと全く区別した
いわば実存的なモノとして位置づけたし、
その為に常に自分なりの志向性を意識したものだった。
それが気付いてみれば保身とか概念とかのぬるま湯に
肩までどっぷり浸かりただただ時が来るのを待っている
そんな自分に成り果てたようだ。
考えてみれば、物理的肉体は何時か宇宙の塵となるのだ。
精神のみが輪廻するのであるなら、
その精神の在り方に拘る事こそ本来の人間の仕事ではなかろうか?
とにかく緊張を、解放された心の爆発を楽しもう!
Kイサヲ
