お世話になったはずの教官や先生に対し
あだ名を付けてる事に違和感を感じた。
ハッカイ、ジンベイなど
自分の場合だったらこういう言葉は
相手を蔑む時に使う言葉のはずだった。
敢えてこれを書く必要があったのかは
最後まで読んでも疑問だった。
医療少年院退院後、
仮住まいとしてある夫婦の家に居候することになる。
もちろん保護観察処分は解けてないため
退院しても当分は見張りが付く。
Aはこの時の保母さんの事を鮮明に書いている。
自分はAが「お母さんのような人」
と言ってた人はこの人だと思っていたが、
いろいろ見ているとどうやら違うらしい。
Aが言ったのは医療少年院の精神科医の女性みたいだ。
この辺で一つ思ったのは女性に対して
かなり感情移入するという事だ。
自分も施設に入っていた。
しかし保母さんよりは寮長、
学校でも男の先生に思い入れがある。
手記の前半でもやたらお婆ちゃんの事が書かれてあるのを考慮すれば
やはりお母さん、女性という物に
執着してあるのは明らかだ。
話は戻り、数ヶ月後保護観察も解けて
やっと本当の意味での人生のスタートが始まったのである。
そこでAは一から自分の人生を掴むため
色々な職についた。
しかし人生の乗り換え切符は
そんな簡単に手に入るものではない。
右も左も分からなく順応性がないAは
些細な事で仕事を辞め又新たな職に
付いては辞め付いては辞めを繰り返していた。
しかし読んでいて思ったのは決してAは
間違った思考はしていない。
現代にしては生真面目すぎて
周りとの噛み合わせが上手くいってないだけ。
自分が上に立ったり
一人でクリエイティブな仕事をすれば
恐るべき実力を発揮するタイプだと思う。
ただそれに気がつくには時間が足りなかった。
まぁ世間とは隔離された場所から
野に放たれれば当たり前だった。
一言で言えば不器用だとも言える。
事件を起こした時に時間は止まっている。
Aはその呪縛から解き放たれる日は来るのであろうか。。。
Aは己の新たな人生を掴み取ろうと必死だった。
殺人を犯しておいてそんな事が許されるかはわからない。
けど、支えてきてくれた人のためにも
Aは期待に応えようともがきつづけている。
批判されると分かっていても
何かはしないといけない。
支えて助けてくれた人の恩に報いるためにも
Aは終わりのないレールを歩き続けなければならない。
今回の手記は最終手段とも取れる。
恐らく己の全てをぶつける事で何かを得ようとした。
切り札を出すなら奥の手を持て
Aがこれ以上の奥の手を持っているとは思えない
正直な所、不器用な男の末路が見える。
今回の手記は明らかに失敗だった。
今までコツコツ積み上げてきた被害者たちへの
山も一気に崩れ去り
家族や教官、一番懇意にしてくれてる
B女史を吹っ切ってまで出す価値はない。
自分が同じ状況でこの本を出すとすれば
死を覚悟した時だと思う。
妻子を持ってるという噂があったが
それは誤報だろう。
こんな状況で作れるはずがない。
今回の手記に関して
様々な意見、まぁほとんど批判だが
一人だけ肯定的な意見を述べている人がいる。
井垣裁判官だ。
実は自分も昔、井垣裁判官に
施設送致を言い渡された一人だ。
Aが判決を受けた年の夏に自分も
井垣裁判官の判決を受けた。
井垣裁判官は酒鬼薔薇の担当だと
自分らの中では有名だった。
なのでよく覚えている。
ちなみに自分は誰も傷付けてないので
あしからず。。。
井垣裁判官の意見を聞いて
どこまでもプロだと思った。
批判を恐れず、Aの今後を気遣うとは。
裁判官として人間としての
プロフェッショナルだ!
Aが何を考えているかは分からない
様々な関係著書を読んで
この本を出してるということは全て悟っているのだろう。
お母さんのせいではないと述べている。
自分は関係著書をほぼ読んだ。
まぁ彼らのことを知っているわけではないから断言は出来ないが、
Aがああなったのはお母さんによる所が大きいと思わざるを得ない。
Aに対しては異常に厳しく
かなり押さえ込んでいた印象がある。
Aの両親の著書だけ違うことが書いてある。
本人達は気付いてないだけで
第三者から見れば明らかだ。
鉄も抑えれば曲がる通り
人間も抑えられれば歪んだ方向に曲がる。
Aもまた社会の捩れに巻き込まれた被害者と言えるかもしれない。
Aがしたことは決して許されることではない。
償いなんて言葉は当てはまらない。
けどもうなくなったものは戻ってこない。
Aはやるしかない。
何かはわからないが。
こういう事件関連の著書は結構出てる。
これから親になる人はもっと色々な知識をつけたほうがいい。
Aも被害者の方もそれを願っているはずだ。
戻ってはこないが次に活かす事は出来る。
ただ批判するばかりではなく
親身になって考えてみてはどうだろう。
土師淳君、山下彩花ちゃん
心よりご冥福をお祈りいたします。

