今日はマリーンズネタで、この選手について書こうかと思います。
現在の背番号4の四代前の持ち主、酒井忠晴という選手です。
わかる人からすればまたマイナーな…と思うかもしれません。というのも、この選手は以前紹介した黒木知宏・小坂誠のように、タイトルを取ったりしてそれなりに知名度のある選手と違って特にタイトルを取ったこともなく、華々しい球暦を飾ったわけでもない、言うなれば地味な選手だからです。

とはいえ、それは言いすぎかもしれません。そもそも、プロ野球選手になれるのは球児の中の一握り。その中で一軍で活躍出来るのはまた一握り。そしてその中でタイトルを取れる選手となると更に一握りとなります。
それを考えると、プロ野球選手になって一軍で戦力になったのですから、十分賞賛に値する選手だと思います。

彼は元々はマリーンズの選手ではありませんでした。ドラフトではドラゴンズに指名されて入団しましたが、一軍でなかなか芽が出なかったみたいです。そしてトレードでマリーンズにやってきました。
最初の数年はドラゴンズ時代と同じように試合に出たり出なかったりのようでしたが、99年には三塁手としてのレギュラーを獲得するに至りました。そして翌2000年からは二塁手へと活躍の場所を移すことになります。
この二塁手時代の記憶が今も強烈に私の脳裏に焼き付いています。
この時遊撃手を務め、共にセンターラインを固めていたのが前回のマリーンズの選手の紹介で書いた小坂誠でした。この二人の固める二遊間は鉄壁と称され、投手陣から絶大な信頼感を置かれていました。チームの防御率が一点近く下がっていると称されたのも、決して過大な評価ではないと思います。
今の二遊間の名手といえば、奇しくも彼が所属していたドラゴンズの荒木・井端の二遊間が真っ先に上がるかと思いますが、こと守備で言えばこの二遊間の方が確実に上回っていたと思われますし、思っています。
守備だけでも金を取れる…こういった玄人好みの渋い選手でした。目立つ活躍こそそうなかったものの、縁の下の力持ちとしてマリーンズには決して欠かせない選手でした。

ですが、彼もまた上述の小坂と同じようにマリーンズで現役を終えることは叶いませんでした。出戻りのトレードで2003年から再びドラゴンズのユニフォームに袖を通したのですが二年で自由契約になり、その後は新設したイーグルスに移り、そこでプロ野球選手としての現役を終えました。
そしてその後は欽ちゃん球団で知られる社会人野球のチーム、『茨城ゴールデンゴールズ』に入団し、そこで五年ほどプレーして今年からは野球の独立リーグの一つである北信越リーグのチームの一つ、『福井ミラクルエレファンツ』のなんと監督に就任しました。

先日彼の近況を知り、ホッとしたのと同時にまだ野球に携わっているのを見て嬉しく感じました。
現役の野球選手としての酒井忠晴は終わってしまいましたが、野球人としての酒井忠晴はまだまだこれからです。

出来ることならジョニーやこさっち(黒木と小坂の愛称です)と同じように、マリーンズへの帰還を願いたいのですが、地方で野球の裾野を広げてくれるのならそれはそれでいいかもしれません。彼の教え子がプロの舞台で飛躍する日が来るかもしれませんしね。
是非酒井さんには、そういった選手たちを育て上げて欲しいです。
長い現役生活、本当におつかれさまでした!
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