今回は、私がマリーンズのファンになった経緯の続きを記そうかと思います。
前回、当時のマリーンズがどれだけ弱かったかということをお話したかと思います。(´・ω・)ショボーン
そしてその当時の私が、マリーンズどころか野球に全く興味がなかったこともお話したと思います。
そんな私がマリーンズになったきっかけ…それはある一人の男に魅せられたことがきっかけでした。
時は2001年のある日の夜、その日の私はいつものようにテレビを見ていました。
何か面白い番組でもやってないかな~と思ってチャンネルを回していると、たまたまあるスポーツニュースにチャンネルが合いました。そこでその時たまたまやっていたのがマリーンズのある投手についての特集だったのです。
何とはなしにボーッと見ていると、その投手は今シーズン開幕してから未だに負け知らずで、連勝街道をひた走っているというものでした。確か七月ぐらいで、その段階でもう二桁か、それに近い数の勝利数を上げているというものでした。そして次に、その投手の投球シーンのダイジェストが流されました。
打者に立ち向かって吠えながら渾身の球をキャッチャーミットに向かって投げ込むその姿は、今でもこの目に焼きついています。
気がついたら私はその番組に見入ってしまいました。ヽ〔゚Д゚〕丿スゲー!!!ここまで語れば、その投手が何者かはわかる人にはわかると思います。
そう、彼です。
先代の背番号54、ジョニーこと黒木知宏です。
彼の気迫、熱さ、投球、人柄…そういったものに魅了された私はその時から一瞬でマリーンズのファンになってしまいました。

ただ、ここで察しのいい方はおわかりだと思いますが、先述したようにこの話は2001年の時のことです。
それがどういう意味かというと、私が見た彼の姿は彼の最後の輝きだったということです…。(ノДT) ウッウッ…
わからない方はマリーンズと私(1)をご覧になっていただきたいのですが、当時のマリーンズはそれはそれは弱い存在でした…。

ペナントではBクラスが当たり前、優勝争いなど95年を除けば絡むこともなく、パ・リーグのお荷物といっても言い過ぎではなかったと思います。
そんなチーム状況の中、主力のピッチャーというのは登板数が多くなっていきます。当たり前ですね、どのチームも勝つために試合をしているのですから。
ましてや、エースと言われる存在となれば文字通りその肩にチームの運命がかかるわけです。
投げて、投げて、投げ続けた結果、遂にジョニーの肩が悲鳴を上げました。そして2001年の後半戦を境に、彼は二度と主戦として戻ってくることはなかったのです…。・°・(ノД`)・°・ウワアアアン…
ここで先ほど私が先述した投稿を思い出して欲しいのですが、私が彼を見てマリーンズのファンになったのが2001年。そしてジョニーが戦列を離れたのが同じく2001年。
そう、先述したように私が見た彼の姿は彼の最後の輝きだったのです…。(T_T)ダー
今にして思えば、だからこそ脳裏に焼きついて今でも頭から離れないのかもしれません。消える寸前のロウソクの灯火の輝きだからこそ、今でも強烈に印象に残っているのでしょう。

後に彼は戦列に復帰するのですが、その時にはもう、パ・リーグで数々の名勝負を見せてくれたあの輝きは消えていました。球団も随分と長い目で見てくれたのですが、遂に2007年に戦力外通告を受けてしまいました。
ジョニー本人は現役の続行を希望していたものの、他球団からのオファーもなく、2008年3月15日の引退試合を持って現役を引退し、球界を去りました。
そんなわけで、私は全盛期の彼を見たことがほとんどありません。ましてや生で見たことなど一度もなく、全てブラウン管を通してでした。orz
しかし、私は紛れもなくその姿に魅了されました。ましてやマリーンズは千葉を本拠地とする球団! 私も地元は千葉なので、偶然の産物とはいえこの巡り合わせには驚きました。
これがもし、
ジョニーがマリーンズの選手じゃなかったら
千葉にマリーンズがなかったら
たまたまあの時あの番組を見ていなかったら
きっと私はマリーンズのファンになっていなかったでしょう。まさに運命としか言いようがありませんでした。
これが私がマリーンズのファンになったきっかけです。そして今…
この続きは次回にしようかと思います。┐( ̄ヘ ̄)┌マタカヨー…
あと一回でマリーンズと私につきましては終了させていただく予定なので、もう少しだけお付き合いください。
では。m(_ _ )m
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