春ですねぇ、春の風物詩、なが~い鬱に突入してしまったreiです。
すこし自分語りをさせてください。
この間、スレッズで見かけた投稿の話です。
心理職の方に「家族の感情処理をしてきた女性」ってどんな特徴がありますか?
って聞いたそうです。そしたら、
「自分が何を感じているのか分からなくなります」
って答えだったっていう投稿でした。
家族の空気を読んで
母親の機嫌を察知して
父親の怒りを避けて
兄弟の不安を吸収して
「場を壊さないこと」を最優先で生きて来た人は
「自分の感情を感じる前に家族の感情を確認する癖が染みつく」そうだ。
だから
嫌なのに笑う
限界なのに動ける
寂しいのに強がる
本当は傷ついているのに平気なふりをする
それは、
長年続けてきた「私さえ我慢すれば」で人生を回して来た
代償なんだそう。ずっと空気を整え続けた代償…
わたし、ここまで読んで、涙が溢れて来ました。
これは私だ…と。
愛着障害やトラウマをかかえる私は
色々な相談員さんや主治医に
「アナタがしたいようにしていいんですよ」
と言われる場面がよくあります。
でもわたしは「自分がどうしたいのか?」分かりませんでした。
答えられなかったんです。
自分で何も決められない、どうしたいか分からない。
それに対してどうすればいいのか?
も分からず長年治療して来ました。
でもこの投稿にヒントが書いてありました。
こういう人はずっと
「与える側」でしか生きて来れなかったから、
「受取る感覚」が育っていない。
らしいのです。
受取ってこなかった、、、んだ。私。
って思いました。
確かにそうでした。
誰も信じない
優しくされても疑う
なにかしてもらうとお返しするまで落ち着かない
そうか、それは誰にも甘えられずに来たってことだったんだ。
でも、これからは誰かに甘えて受け取ってもいいのかな?
これからは、罪悪感なく、受取ってみようかな?
と思えた。
私は「自分がどうしたいのか?」を取り戻せるのかな?
そして最後にこう書いてありました。
~必要なのはもっと頑張る事じゃなく「私はどう感じてる?」を取り戻す事、
ずっと後回しにして来た『本当の自分』を迎えに行くことなんだと思う~と。