皆さんのブログで
かなり盛り上がる舞台だと
聞いていたのですが
そういう意味では
昨日はいまひとつだったのでは~・・・
何回も観ているお仲間さんによると
昨日のセンター席は、
太一ファンいっぱ~い、
ではなかったらしく・・・
(日によって、ファンクラブ席が
持ち回りになってるのかな
)
太一君は気を遣って
あまり目立たないように
してたのでは・・・
っつー、
ことにしておきましょうと。
あと、太一ファンの
“煽り”(・・・あおり)も重要
っつーことで
飛んで来なかったし~
食事に誘われるシーン、
“ルーマニア料理”だったんだけど
返事“はい”・・・
終了~。
“僕が僕であるために”も
客席全員、立ち上がって
歌うと
思い込んでいたのですが
立ち上がらず
ま、私が、立ちたければ
立てばよかったんです
エンディングも
サラ~~ッとハケて行きました。
1回しか観ないお客さんは
“・・・・・・”
だったかもです、はい。
さて。それはそれ
もし太一ファンでなかったら
観ることもなかったであろうこの舞台。
“歌う太一が見たい”、
ただ そんな思いだけで取ったチケット。
でも テーマは大きかった
“僕が僕であるために”とは
私達 ひとり一人へのメッセージ。
“自分が自分であるために”
↑ここに繋がるんだと思いました。
それは自分が、自分でありたいと
思えなければ言えないことなんだけど
生まれた環境、
社会のシステム
出会いや別れ
選んだ道や、迷い・・・
自分では選べないものや
間違った選択もあるでしょう。
コウヘイも、ユカワも私達も同じ。
でも
自分に生まれたから
自分を生きるしかない
そしてそれは決して
一人で歩く道じゃないよ、
迷っても、何度でもチャレンジして
いいんだよ、と
言われた気がしました。
ユカワのように
“こんなところがゴールだったなんて”と思っても
“ここはゴールじゃない”と言ってくれる人がいたり
いい所あるの、ちゃんと知ってるよ、と
言ってくれる人がいたり、ね
また逆に、力づけてあげたいと
思える人に出会うのも人生
皆、そんな螺旋の中で
生きているんですよね
生まれたことや
自分を生きてることは
素晴らしいんだよ、という
壮大なメッセージが詰まった
舞台でした
盛り上がりに関しては・・・
今日に賭けます
煽ります
キャーキャー
コウヘイ

かなり盛り上がる舞台だと
聞いていたのですが
そういう意味では
昨日はいまひとつだったのでは~・・・

何回も観ているお仲間さんによると
昨日のセンター席は、
太一ファンいっぱ~い、
ではなかったらしく・・・
(日によって、ファンクラブ席が
持ち回りになってるのかな
)太一君は気を遣って
あまり目立たないように
してたのでは・・・
っつー、
ことにしておきましょうと。

あと、太一ファンの
“煽り”(・・・あおり)も重要

っつーことで

飛んで来なかったし~

食事に誘われるシーン、
“ルーマニア料理”だったんだけど
返事“はい”・・・
終了~。
“僕が僕であるために”も
客席全員、立ち上がって
歌うと
思い込んでいたのですが
立ち上がらず

ま、私が、立ちたければ
立てばよかったんです

エンディングも
サラ~~ッとハケて行きました。
1回しか観ないお客さんは
“・・・・・・”
だったかもです、はい。
さて。それはそれ

もし太一ファンでなかったら
観ることもなかったであろうこの舞台。
“歌う太一が見たい”、
ただ そんな思いだけで取ったチケット。
でも テーマは大きかった

“僕が僕であるために”とは
私達 ひとり一人へのメッセージ。
“自分が自分であるために”
↑ここに繋がるんだと思いました。
それは自分が、自分でありたいと
思えなければ言えないことなんだけど
生まれた環境、
社会のシステム
出会いや別れ
選んだ道や、迷い・・・
自分では選べないものや
間違った選択もあるでしょう。
コウヘイも、ユカワも私達も同じ。
でも
自分に生まれたから
自分を生きるしかない

そしてそれは決して
一人で歩く道じゃないよ、
迷っても、何度でもチャレンジして
いいんだよ、と
言われた気がしました。
ユカワのように
“こんなところがゴールだったなんて”と思っても
“ここはゴールじゃない”と言ってくれる人がいたり
いい所あるの、ちゃんと知ってるよ、と
言ってくれる人がいたり、ね

また逆に、力づけてあげたいと
思える人に出会うのも人生

皆、そんな螺旋の中で
生きているんですよね

生まれたことや
自分を生きてることは
素晴らしいんだよ、という
壮大なメッセージが詰まった
舞台でした

盛り上がりに関しては・・・
今日に賭けます

煽ります

キャーキャー

コウヘイ

