- 佐藤 さとる, 村上 勉
- だれも知らない小さな国
●高校時代に聞いた言葉で大変印象的な言葉がある。それは「良い作品には地図がついている」というものである。
過去名作として読み継がれてきた作品の中で、設定資料の充実度はどれくらいなのだろうか。登場人物の紹介。これは創作物であれば割合よく見られる。次に相関図。これは推理ものには推理のヒントとして着いているものがあるかもしれない。その他に、資料としてついているものの中では推理ものの例では綾辻行人の"館シリーズ"についている平面図が一番地図に近い。作品に描かれている空間を図で示しているという点では同じである。児童文学の中で地図が描かれているのは『宝島』、『ムーミン』シリーズ、『エルマー』シリーズ、『車のいろは空のいろ』シリーズ、『グイン・サーガ』、『十二国記』、『童話物語』、『指輪物語』、『ゲド戦記』、『霧のむこうのふしぎな町』、『オズの魔法使い』、『ナルニア国ものがたり』等など、地図が描かれている作品は長年愛されている作品が多い。
作品に描かれた架空世界の創造についてトールキンの『指輪物語』についてでも述べたが、文章に示された情報には東西南北の記述がないものも多いため、旅路が掴みにくいことがある。ことに、長編であればあるほど、移動距離は広がり、「彼ら」がどこにいるのか、どこからどう動いているのかが分かりにくい。
なぜ、我々は地図が好きなのだろうか。それは読み手である我々の中に、架空世界に入っていく(同調)意識と、第三者としてみる意識とが備わっているからではないだろうか。同調する場合、地図の情報を元によりいっそうリアルに風景を想像することができる。また第三者としては「彼ら」の位置を俯瞰して確認することができる。こちらはRPGの世界に近いかもしれない。ファンタジー作品の中にRPGの構造を見つけることは難しくはない。RPGをプレイするにあたり、地図は必要不可欠なものである。TVゲームのRPGものを見れば、一目瞭然である。RPGゲームでは、キャラクターが地図上を実際に動いているからである。作品において不可欠であるとか断言できないが、地図があることで楽しさが倍増するのは確かである。また、作者としても世界観を固定する上で、やはり文字情報だけではなく、絵として世界を形にするのに地図は大変最適な方法であると考えられる。創造者(書き手)側からすると、地図は世界の創造主としての意識を示す意味合いもあるのかもしれない。架空の世界を作るということは、その世界における神になるということだからである。
人物を視覚的に示してしまうことと地図を示すことには伝える情報の用途が異なっている。キャラクターがどんな風貌かを創造することは人によって多少差異があろうと困らない。しかし、物語の進行と繋がってくる「今どこを歩いているのか」といったことや、架空世界の環境(地形、気候など)は有る程度共通でないと話が繋がらない場合が出てきてしまう。俯瞰的な視点から居場所を掴むことで安心して架空世界を共に旅ができる、という訳である。
では、佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』はどうか。地図は挿絵を描いた村上勉のイメージしたものであったにも関わらず、日本の各地から「自分の田舎(あるいは住んでいる)場所に似ています」という手紙が数多く届いたという。それは恐らく、その地図の中には、(今からすると)かつての日本の伝統的な風景の面影を残しているからであろう。出版された当時よりも、その当時の姿を知っている、あるいは現代の都市で息詰まり気味の人にとって、このコロボックルの世界は、『おもひでぽろぽろ』の妙子のように「田舎を持たない者のイメージする田舎」の風景に重なっていくと思われる。自分も妙子と同じく「田舎を持たない者」である。田舎、という言葉からイメージすると、このコロボックルの世界に通ずるところが有るのである。
架空世界に限らず、地図は愛好者が多い。それは地球儀をクルクル回しながら、その地球儀の縮尺から実際の大きさを知ることができる画期的なものである以前に、まだスペースシャトルが出来る以前に、自らの足で測量に挑んだ偉人達への尊敬の念からくるものであろう。
『完訳 世界文学にみる架空地名大事典 』という分厚い本には、前述した作品の殆どが載っている。文章的にも基礎知識としては申し分無い解説もついている。ファンタジー作品好きにはたまらない一冊である。ファンタジー作品好き、ではないが地図好きとしてはぜひとも手に入れたい一冊である。
- アルベルト マングウェル, ジアンニ グアダルーピ, Alberto Manguel, Gianni Guadalupi, 高橋 康也, 中尾 まさみ, 安達 まみ, 桑子 利男, 林 完枝
- 『完訳 世界文学にみる架空地名大事典 』(講談社)
最近どうもマニアックな本は講談社が多いような気がしています。気のせい?
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小松 和彦『異界と日本人―絵物語の想像力 』