私が小学校1年生の時の七夕。
今から考えると、
もう100億年も前のこと。
同じ小学校へ通ってた人は覚えてるかもしれないけど
七夕が近づくと
学校の廊下に設置してある笹の枝に
願い事を書いた短冊をつけて、
それを参観に来た親が見れるようになっていた。
私はその頃、セーラームーンが大好きで
衣装から何から揃えまくってた。
もちろん、短冊にも
「セーラームーンになりたい」と書いた。
案の定
参観にきた母親には笑われた。
他の子は、お花屋さんになりたいとか
ケーキ屋さんになりたいとか書いてたから。
けどその笑いはバカにしたような笑いではなかったような気がする。
この頃から私の知能は完全に遅れていたことを
今更ながら実感する。
参観日は母親と一緒に下校できる、なんか特別な日である。
母親と一緒に下校するだけで
いつもと違う帰り道に見えた。
その日は母親と一緒に
保育園で待つ妹を迎えに行った。
保育園でも同じように笹の枝に短冊がいっぱいつけられてて
妹が荷物をまとめて来るまでの間、2人で莉湖の短冊はどれやろどれやろって探した。
まだ保育園児なわけで、
自分の名前すらまともに書けてないような文字で
短冊には妹のなりたいものが書かれていた。
そこには
「いちご」 とだけ書かれてあった。
私は小学生ながら、
何かいけないものを見つけてしまったような気がして
母親の顔と短冊を何度も繰り返し見た。
母親は表情を無くしていた。
笑い
悲しみ
情け
怒り
そこには何も無かった。
向こうから妹が走ってくる。
周りから野生児と言われていた妹は
その日も靴を履いていなかった。
わざわざ手に靴を持って走ってくるのだ。毎日。
今日は珍しくお姉ちゃんも一緒、
すんごい笑顔で息を切らすことも忘れて猛突進。
近くまできたところで
母親が一言。
「あんた、いちごになりたいんか?」
妹「うんっ!」
無言で保育園を後にした。
相変わらず、妹だけは
3人での帰宅に気分を弾ませ車の中でも大はしゃぎ。
すかさず姉の私は
「ほんまにいちごになりたいん?」
妹「いちご食べたい!」
…。
そして家につき
母親は父親に今日の出来事を報告。
すると父親は大笑いしながら
「お前リコがこの年で『イチゴになりたい』は別にええやんけ!それよりリナがセーラームーンってあほやろ!お前あほやろ!ガハハハ!!」
?!
まさかのここで罵声。
私は悲しかった。
すごく悲しかった。
死んでもセーラームーンになんかなるもんか。
妹は終始嬉しそうだった。
忘れもしない、ある日の七夕。