FreedomWing ~カミモノガタリ~ 21.最後の夜 | 蒼穹騎士の隠れ家

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全力妄想投球場。ロボと戦闘機大好きすぎて、それしか書かない多分。
そんなブログ。
詳細はfirst&aboutで。


 王都に戻ってきたライラ達は、明日の決戦を控え、最後の休息を宿でとっていた。宿に泊まる前に、自宅に戻らなくても大丈夫かとキラが気を利かせて訊いてくれたが、ライラは自宅に戻るつもりはなかった。自宅に戻れば、王都に戻る道中で固めてきた決意も覚悟も揺らいでしまいそうだったから。父が死んで以来、ひとりでライラを育ててくれた母に挨拶したいのは山々なのだが、母の笑顔を見たら、きっと死にたくないという思いの方が強くなる。ライラは唇をかみしめ、母親への募る想いを断ち切り、宿の宿泊をキラに伝えたのだった。
「あれ、みんなは?」
シャワーを浴び終わり、部屋に戻ってきたライラは、キラ以外のメンバーが出払っているのに気がついた。
「明日はすぐに森に行くから、各々好きなことしてるよ。」
キラは槍の手入れをしており、ライラもふうん、とその言葉に返して、剣の手入れを始めた。

 アズールはひとり、噴水のある広場のベンチに腰掛け、噴水をぼんやり見つめていた。
「あ、アズール。そこにいたんだ。…隣、いい?」
ソーサが隣に座り、アズールはソーサに視線を向ける。
「何してたんだ?」
「お墓参り。…本当のお父さんの」
ソーサは髪を一度下ろし、またポニーテールに結い直す。
「本当の?お前の親父って町長じゃ…」
アズールの疑問に、ソーサは首を横に振った。ポニーテールがふわふわ揺れる。
「私の本当のお父さんは、ライラのお父さん。私、ライラと双子なんだって」
よく見れば、ライラとソーサの顔立ちはどこか似ている。その理由が分かったアズールは特に驚きもせず、ソーサの話を聞いていた。
「実感、あまり湧かないけど…」
「そりゃあな。俺だって、例えばキラと双子なんて突然言われたって実感湧かねえよ」
噴水は規則正しく水を吹き上げ、ソーサとアズールは並んでその噴水を見つめる。
「…四天王と闇の剣神がいたから、私はアズールに逢えた。明日、闇の剣神を倒したら…あなたと離れてしまいそうで…怖い…」
ベンチから立ち上がり、アズールの前に立つソーサ。アズールも立って、そっと彼女を抱き寄せた。その温もりを二度と失わないように、強く優しく抱きしめる。
「…セルスが願ったのは…こういうことだったんだな…」
「アズール…」
月明かりが、重なる影を映し出す。静寂に響き渡るのは、規則正しい水音だけ…。

 闇の中に浮かび上がる蝋燭の火。その僅かな灯りの中、漆黒の翼が広がった。アディナは真紅の双眸を細め、自身の足元に広がる巨大な魔法陣を見つめ、満足げに笑いを漏らす。
「時は満ちた。光は蝕まれ、新たな静寂が世界を支配するだろう」
闇に潜む魔族達が熱狂しざわめく。その片隅で、シャンはつまらなそうに主の演説を聞いていた。
「邪神を、再び我らの手に。憎き光から、世界を取り戻すのだ」
一陣の風が吹き抜け、蝋燭の火が消えた。

「げほっ」
宿に戻ってきていたシエルが突如吐血した。ボタボタと血がフローリングに飛び散る。
「シエル!!」
ライラはシエルを支え、すぐに洗面器とタオル、雑巾を持ってくる。ライラはシエルをベッドに寝かせた。精霊魔法は使っていないハズなのに、どうして血を吐いたのか。何かの病気だったらどうしようとあれこれ考えてしまい、心配でたまらない。
「…大丈夫。心配しないで…」
ライラの心中を察したのか、弱々しい微笑みを浮かべ、洗面器に苦しそうに咳き込みながら血を吐き出す。その音に混じるように、微かに低い禍々しい唸りがライラの耳に届いた。
「え…」
シエルの声とは違うと認識した刹那、刺されたような鋭い痛みが背中に走った。アディナと遭遇したときに感じる時と同じ場所、しかしそれよりも強い痛み。
「シエル、明日は残った方が…」
キラが心配して気遣う言葉に、ライラは我に返った。痛みはスッと嘘のように消え、唸りも消えていた。
「一緒に行く。行かなきゃならないから…」
シエルは血を吐き出し終えたのか血を拭い、キラの気遣いに首を横に振る。ライラはシエルの凛とした横顔を見つめた。
「ただいまー」
アズールとソーサが仲良く一緒に帰ってきた。そして、赤く染まったフローリングを見て二人して悲鳴を上げる。
「シエル、吐血したの…?」
ソーサが心配そうに声をかける。キラは雑巾で汚れを拭きはじめた。
「…うん。でも、大丈夫…」
「大丈夫なもんか、こんなに血を吐いてよ…」
洗面器の血をトイレに流すアズール。明日は残った方がいいよ、とソーサもキラと同じ提案をする。
「最後まで一緒に行くよ。…仲間、だから」
シエルの儚い微笑みに、ライラは何も言えなくなった。それはソーサもキラも同じだったのか、それ以上シエルを止めることはしなかった。

「明日の夜は、満月だな」
暗くした室内から夜空を眺めていたライラに、誰かが声をかけた。振り返ると、シエルがにっこり笑っている。
「シエル…もう起きて大丈夫なの?」
「ああ、平気。…最後まで迷惑かけてすまない」
ライラの隣に座り、一緒に星空を見上げるシエル。何故だか、彼が遠くに行ってしまいそうな気がしたライラは、シエルの袖を掴んだ。
「…満月。美しいだろうな」
「大丈夫だよ、戦いが終われば見れるよ」
努めて明るい声で言うと、シエルはライラに視線を向け、あの儚い微笑みを浮かべた。
「よく似てるな…。あの日と…」
「あの日?」
シエルはうんと頷き、口を開いた。
「ライラ達と出会う前に、一緒に旅した仲間がいたんだ。彼らと別れる日の前夜もこんな夜空だった。…満月に満たない、少し欠けた月が煌々と空を照らして…」
そこまで言葉を紡ぎ、シエルは目を閉じた。胸に当てられた手は強く服を掴んでいる。
「シエル…?」
シエルは何でもないと首を振り、ペンダントをライラに見せる。
「…明日、俺がもし死んだら、このペンダントを貰ってほしい」
持ち上げられたペンダントに嵌められた赤色の宝石が、月の光を受けて輝き、ライラを映す。
「死んだらって…やだよ、死なせたくないよ」
シエルは何も言わず微笑んで、袖を掴むライラの手に手を重ねた。その瞬間、背中に激痛が走り、ライラはあまりの痛みにシエルの腕に倒れ込む。夜に感じた痛みの比ではない。まるで、灼熱の剣に斬られたかのような熱さと痛みに、ライラは意識が朦朧としていた。
「精霊よ…」
シエルの微かな詠唱を聞きながら、ライラは闇の中へ身を投じた。

 深い深い海の中のようなところ。ライラは目を覚まし、揺らめく日差しに目を細めた。誰かが、ライラの名を呼んでいる。上がらなきゃと、心の中の自分が叫ぶ。ふわりと、水に浮かぶように、ライラの体は水面へと押し上げられた。
「ん…」
「いつまで寝てるんだよ、ライラ」
アズールが槍を組み立てながら膨れ面をしている。
「あ…ごめん…」
重い体を起こし、ライラはタオルを持って洗面所に向かった。真夜中に何があったのか、あまり思い出せない。
「おはよう、ライラ」
洗面所の扉を開けると、丁度顔を洗い終えたキラが眼鏡をかけているところだった。
「おはよう…。ソーサとシエルは?」
「ソーサは庭で朝の運動。落ち着かないんだって。シエルは先に森に行ってるってさ。精霊に呼ばれたらしいけど…。ああ、ご飯はもうあるから、食べてね」
荷物を纏めに部屋へ戻るキラの背を見送り、ライラは洗面所の鏡に向き合った。

 王都の北に広がる、小規模ながらも立派な木々が立ち並ぶ鬱蒼とした森。人があまり立ち入らないため、道は獣道しかなく、草を払いながら、入口でシエルと合流したライラ達は、シエルの案内で森の中を進む。森の中は、外からの不気味な印象とは全く違う、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
 辺りが急に開けた。背の低い草花しか生えていない土地の中央にそびえ立つ、ひび割れを幹に持つ楠の巨木。夢の中で何度も見たそれは、ライラ達を待っていたかのように、静かに佇んでいた。
「ここよ!夢で見た楠だわ…!」
ソーサが駆け出し、キラも本当にあったなんてと感嘆の声を漏らしていた。アズールもでけぇなーと巨木を見上げており、ライラはシエルと一緒にまっすぐ楠に向かう。
「…このひび割れが、異界への扉だ。みんな下がって」
シエルがひび割れに手を当て、詠唱を唱え始める。
「我、全ての精霊と契約せし者。閉ざされた異界への扉、再び開くこと望む」
ひび割れから光がほとばしり、歪んだ道が光の中に出現する。
「この道の先に異界がある」
シエルが光の中の道を示し、ライラ達を見る。
「ここに入れば、二度とこっちに戻って来られないかもしれない…。それでも、一緒についてきてくれるかい?」
ライラは、キラ、アズール、ソーサ、シエル、仲間一人一人の顔を見つめた。一緒に戦い、旅し、苦しみや悲しみを乗り越えてきたかけがえのない仲間。命に代えてでも、守り切りたい人達。
「ついていくよ。この戦いはライラだけの戦いじゃないから」
キラが眼鏡をかけ直して、力強く頷いた。
「当たり前だろ。俺は、お前の仲間だ」
アズールがニヤリと笑う。丹念に磨かれた槍の刃が日差しを受けて輝く。
「覚悟は出来てるわ、大丈夫」
琥珀の大きな瞳でライラを見つめるソーサ。トレードマークのポニーテールが風に揺られる。
「……」
シエルはただ黙って頷くだけだったが、その想いは十分ライラに伝わった。
「ありがとう、みんな…。さあ、行こう!」
ライラの掛け声に皆頷き、キラ、アズール、ソーサ、シエルと光の中に飛び込む。ライラも剣を抜いて飛び込み、5人を呑み込んだ光は何事もなかったかのように消えた。

 闇の中に浮かぶ小さな、無数の火。闇に溶ける黒い翼が、大きな音を立てて羽ばたく。
「来たか、光よ…」
真紅の双眸は、鏡に映る、仲間と共に走る少年を見据えていた…ーー。