2015年11月4日から5日。倒れてからの日々を書いてきましたが、今回の10回目で最後になります。その後の入院生活や闘病の日々については、今後も書き続けていきますので、よろしくお願いします。

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写真は記事とは関係ありません。勤務先の窓から撮った写真です。

2月6日の夕方に、妹が来てくれました。あの時期の私は保険の仕事をしながら、様々なイベントを手がけたりお手伝いをしていました。

入院した2月5日木曜日は思い入れを持って応援していた府中ジュニアジャズスクールの最終レッスンの日でした。ボンゴのチューニングをするよと約束していました。

7日には両国ラキアてうっかりソンのライブ、8日には府中ジュニアジャズスクールの卒業公演。さらに府中市のケヤキ並木のイルミネーション点灯式ライブ、フラフラーノスというラテンバンドのライブ、押上で開催していたソンナイトの最終回。

目白押しですが、SCUにいる限り連絡がつけられません。突然連絡が途絶えた状態になっています。

その為妹にiPhoneを預け、それぞれの連絡先にメールを送ってもらいました。

SCUでの時間は何もすることがありませんから、退屈なものです。6日からジプリに変わったラジカセのBGMを聞くだけです。

定期的にくるいつもの質問。たまーにくる検査。時々くる血圧計の締め付け。それ以外は何もすることはなく、こんなに時間がゆっくりすぎるのは初めてくらいの感覚です。

看護師さんの仕事には頭が下がります。毎日のシモの世話。そして1日1回全身を洗浄剤と温めた紙タオルで拭き取ってくれます。すみずみまで。

あまりにも手馴れているので、もはや恥ずかしさを感じることもだんだんなくなって来ました。

11月6日の未明に事件がありました。突然強烈な腹痛に襲われたのです。色々頑張ったのですが、なかなか治りません。

ナースコールを鳴らしました。

SCUに検査用の機器が持ち込まれて検査開始。どうやら小さな胆管結石が暴れているのだろうとの結論になり、様子を見ることになりました。

それから1時間ほどで痛みは治りました。この後現在に至るまで、これが再発はしていません。

脳梗塞を発症した時に、奇跡的なことがいくつかありました。

まずは心臓の血栓がちぎれて飛んだこと。普通は丸ごと飛んでいって、命を奪う方が多いとのちに言われました。

それともう1つ、血栓を溶かす点滴をする中で、1番危険だった血栓が自然に流れたこと。

そのおかげで脳幹が壊死することは避けられました。さらに開頭手術も避けることができました。

倒れてから3日後、入院してから2日。症状に落ち着きが見られたことで、SCUから一般病棟のフロアにある、集中看護用の部屋に移されました。

11月7日土曜日の午後すぐのことでした