話をあの日のことに戻します。
前回は救急車の音がしたとこまでだったかな。
玄関の鍵は当然かけています。後で考えると、事態に気がついた下に住む大家さんが合鍵で開けてくれたようです。
大家さんが鍵を開けることができない環境だったらたと、今でもぞっとします。
隊員の方から矢継ぎ早に色々と質問を受けました。名前や生年月日、ここの住所。
身体は思うように動かせませんし、ろれつが回らない状態ではありますが、頭は割と冷静でした。
何を持って行きますか?何がどこにありますが?
これらの質問に正確に答えていきました。
ここで大きな問題がありました。私の住んでいるところは4階。エレベーターはありません。私は歩けない上に重量級。
どうやって降りるのだろうと思っていました。
隊員の方は、私を床に敷いた大きめのシートの上に4人がかりで下ろします。
その4隅を持ち上げて家の外に出してくれました。さらにそのまま階段を降ります。4階から3階2階1階と。
そして救急車のストレッチャーに乗せて、シートを外します。プロの技でした。
救急車の中で、どこの病院に行くかの希望はあるかと聞かれました。
迷わず答えた病院は、都立府中病院。現在は多摩総合医療センターという名前になっている病院です。
かつて喘息が酷くなった時や、麻疹にかかってしまった時にお世話になっていました。
すぐに隊員の方が連絡を取ってくれました。すると受け入れOK。これが2つ目の幸運だったと今でも思います。
救急車が出発する直前、大家さんが奥様に一緒に行くように言いました。でも私は大丈夫ですと伝え、病院に向かいました。

