ぐるっぽでの課題小説、またやらせていただきます。



課題は[また会えたなら]というタイトル縛り、[雨のシーンからスタート]、[計算する]という単語を使う、となっています。




「また会えたなら」




ざぁっと、ひっくり返したように降る雨が、屋根から落ちて滝を作る。

その滝に行く手を阻まれ、私はため息をつかざるを得なかった。


もう12時も過ぎたというのに、こんなにも激しい雨の中、どの店も行列が途切れることはない。


手近なカフェでさえ、店先で不機嫌に待つOLばかりだ。


無駄に肩ばかり濡らしてゆく水滴に、苛立ちだけが積もってゆく。

白いワイシャツが湿気を含み、ぐったりと重い。


透けるのが嫌でわざわざ綿100%のものをいつも着ているけれど、こういう時には半分役に立つ。

狙い通り、よほど濡れない限り透けない。

その代わり、恐ろしく水分を含むし、乾きにくい。

バッグが革製だったおかげで、心配するのは服だけで済んだけれど、皮肉なことにこのバッグは“彼”のプレゼントでもある。


“・・・持ってくるんじゃなかった”


普段使うと約束したけれど、やはり嫌だ。

どんな目的で渡されたにせよ、彼のプレゼントなのだ。

最初は少し硬いようなデザインが嫌だと言ったけれど、プレゼントされたものを心から嫌うはずもない。


それを、こんな形で濡らしてしまうのは、私にはどうしても許せなかった。


“もう少し大切にしたかったのに”


彼の言うことなんて無視して、もしくは聞いたフリをして、クローゼットに保管しておけばよかった。

けれど、もう遅い。


いくら水をはじくとはいっても、もう濡れてしまったという事実が、私には許せなかったのだ。

それをあざ笑うかのように目の前の“滝”は、相変わらず私の肩を濡らす。


勢いの衰えない雨に比例するように、私の不機嫌は溜まりにたまり、もうすぐ悲しさに変わろうとしていた。


と、その時。


まるで計算したかのようなタイミングで、携帯が鳴った。


「・・・ハイもしもし」


平然を装ったつもりが、結局失敗し、鉄板を叩いて延ばしたような声になってしまった。


「あぁ、やっぱり!」
「?」


電波が悪いうえに、雨の音で余計に誰の声か分からなかった。


「前!前っ!!」


そう言われて眉をひそめて前を見てみる。
私と同じように、店先で雨宿りしている人が何人か見える。
その中に携帯を耳に当てたまま、もう片方の腕をこっちにむけて


「・・・・・あ」


振っていたのは“彼”だった。


「今そっち、行くから!」


そう言うと一方的に通話を切り、車の途切れるのを見計らって、鞄を頭に道路を走ってくる。
服装からして、たぶん買い物にでも来てたのであろうその彼は、私の隣に立つ頃にはずぶ濡れに近い状態に様変わりしていた。
それでも何もなかったかのような調子で「アレ?仕事は?」等と言ってくる。


「お昼、どこも空いてなくて。少し遠くまで探してたら、雨降ってきちゃって」
「あー、そっか。俺は買い物」


やっぱり。


「あっ!バッグ使ってくれてる!!」


そう言うと子供のようにうれしそうに彼は笑った。
まるで雨上がりに虹を見つけて喜ぶ子供のように。


「仕事は?」
「今日はもう。お昼食べたら帰ろうと思って」
「あぁそこで降られちゃったのか。どう?一緒に帰んない?」
「い、いいよ。少し買い物してから帰りたいし」
「遠慮しなくてもいいじゃん~」
「いいってば!」
「え~?」
「そのままアパート行くからっ!」


そう言うと、彼は一瞬キョトンとしてから、ニンマリとして「分かった」とだけ言うと、上着を私の肩にかけた。


「じゃー待ってるからー!!」


雨の中そう言いながら走っていく彼に、私は小さく手を振るしかなかった。

本当になんというか、子供っぽい。


彼が見えなくなってしばらくして、そう感想を抱くしかなかった。

肩にかかった上着は内側も少し濡れているし、下手をすれば私が行くころには彼は風邪をひいているかもしれない。

そういったことを微塵も考えず、彼はいつも笑うのだ。


本当はそのまま帰ったほうがむしろよかったのだけれど、なんだか気恥ずかしくて、うじうじといろいろ考えていた自分が馬鹿みたいで、余計に帰りずらかった。

ただ、とっさに彼のアパートに行く約束をしてしまったことに、私は内心、ゆっくりと喜んでいた。


さっきまで悩んでいたことさえ、笑えてしまえそうだった。


安心に似たような感覚のため息をついて、去りそうのない厚い雲を見上げる。


きっともう、今日のようにまた、偶然にも会えるなんてことはないだろう。

だけどもしまたどこかで偶然に会えた時のために、もうこのバッグは肌身離さず持ち歩こうと、こっそり心の中で誓ったのだった。

そしてまた会えたねとバッグを見せる自分を、なんとなく頭の中で思い浮かべ、赤面しつつも少しニヤけてしまった。



雨は、まだまだ止みそうにない。



朝にはそんなことも頭から消え、修造の納屋を朝飯を食べてからすぐに直しに行った。

板がまだ足らず、畑もあるので3日後に残りを修理することになった。


礼にと修造に連れられ、そば屋へと昼飯に向かった。

行く途中、なんとなく草原が目にとまってしまう。


その理由が夢のせいだと気づくのにさえ、そば屋につくまで思い出せなかった。

それほどにすっかりと、忘れていたのだ。


「いらっしゃ~い。・・・おや、習得じゃないか。久しぶりだなぁ」
「おやじ、今日は俺のおごりだ」
「ほう、修造が飯銭出すとは。今日の夕立はでかいな!」
「納屋の修理に昨日と今日と来てもらってな。それでだよ」


店のおやじと修造が話しているのは、至って自然なものだった。


だが・・・


「・・・おい、おやじ。俺は、ここに来たことがあったか?来たにせよ、名乗っただろうか?」


まるで熊のように口の周りにぐるりと鬚を生やした店のおやじは、きょとんとした様に目を丸くした。


「何言ってんだ?お前、ここに来たばかりのときはよく来てたじゃないか」
「ここに来たばかりのとき・・・?」
「ほぅ、修得お前、この土地の人間じゃなかったのか?」
「あ~修造、お前が十(とお)の頃に来たもんだからな、覚えとらんだろう。こいつはその頃に来たんだ。まぁあん時はずいぶんと無口でなぁ」


・・・・・十の頃?


俺は、修造が思うように、俺もこの土地で育ったものだと思っていた。


確かに、育ててくれたのは叔父叔母夫婦だ。

だが、特に気にも留めず、両親も先立ったものとばかり思っていた。


・・・・・しかし。



「お~い、修得。お前、いつまでそうやってる気だ?」


気がつくと、手にしたそばも食べずにいた。


ふと、頭に氷を投げ込まれたかのように、あの夢のことを思った。



あの音・・・

あの子供の足音・・・・・


・・・いや、違う。


あれは、足跡じゃない。

引きずっているのだ。何かを。


何かを。

何か・・・


「おい習得。そばがのびるぞ?」
「あ、あぁ・・・」


修造といたことを思い出し、急いでそばを食べた。

ふと、その時何気なく目に入った、柱に吊るしてある麻袋を見て、はっとした。


あれだ。


あれを引きずる音だ。

じゃがいもを入れてかけられたあの袋よりも、もっと大きいものだ。


それを、あの子供が、引きずりながら歩いていたのだ。

そして・・・



そこからを、結局思い出せず、俺は上の空で修造と別れ、ぼんやりと歩いた。

途中石に腰かけたり、夢に似たような草原を探してみたりして思いだそうとしたが、結局空が赤くなるまで、俺の頭の中は同じままだった。


“・・・仕方がない。今夜また見るかも知れん。そしたら、その内容をもう少しはっきり覚えていればいい”


俺は仕方なく諦め、群れをなして飛んでゆくカラスをぼんやり見上げながら家路についた。





続く

「三枚のお札」


それは、秋も深まった頃のこと。


村のはずれには、小さな寺があった。

大きな釣鐘と本堂があるだけのような、小さな寺だった。


午後の日差しは穏やかで、静寂に似た静けさが境内に満ちていた。

まるで時がとまり、枯葉がただそよぐだけ。

そのような午後だった。

いかにもな、秋の日。


そんな中―――



「・・・小僧さん・・・・・・・・小僧さん」



止まっていた時間を突如動かすかのように、あまり大きくない、けれど響きのいい声が本堂の奥から聞こえてきた。


「・・・はい、ただいま!」


そう返事をすると、10を数えるほどの“小憎”と呼ばれたであろう少年は、少しけだるそうな顔をして、けれど足取りは速く、本堂の廊下を走って行った。

本堂の廊下は、年月が経ち窓からの日差しの形にすっかり焼けて、まるで模様のようになっていた。
少年は廊下を走りきって、あるふすまの前で立ち止まり、一呼吸置いてふすまを開けた。


「なんでしょうか」
「・・・」
「なんでしょうか、和尚様」
「・・・あぁ、小僧さん」


そこには、和尚様と呼ばれた老人が座っていた。


「ちと、頼まれてもらいたんじゃが」


一見、和尚と呼ばれるには少々気の抜けたというか、ひょうひょうとした老人だった。

けれど、小僧をはじめ、数度と和尚と顔を合わせたことのある者は知っていた。

和尚は普通の和尚と何かが違う。

和尚には、常に気を張っているかのような何かを感じるのだ。

ある程度歳もいった僧侶であれば、多少そういった風格も出るだろうとも思える。

しかし、それとは何かが違うのだった。

たとえば、どんと暗い、そこの見えないところをじっと凝視しているような、その底なしの“何か”を何年も見つめてきたかのような暗さ。

そういったものが、常にその背中に垣間見えるのだ。


特に、小僧はそれを強く感じていた。


例えば昼下がりの午後、小僧は和尚が暗がりの部屋の中にいるのをよく見かけた。

小さく開いたふすまの間から、部屋の中の和尚の様子をたまに覗いた。

何か書きものをしているときはまだいいが、別に居眠りもせず、何かを凝視するでもなく、ただ部屋の中の壁を見てることがあった。

壁を見ているというより、その空間を見ている、という感じだった。

見つめるのではなく、見ている。

なんとなく、そんな印象を受けた。


そう、ただただ“見ていた”のだった。


そんな和尚を何度も目にしているから、小僧は余計に、和尚はただならぬ者ではないかと感じていた。


けれど、結局のところ気配以外は人の良い和尚として、村人やら知人やら、そして小僧に接していた。


小憎も最初は気味が悪いとさえ感じていたが、やがてそういう気配を持った人であるだけなのだと、いつ頃か気にしなくなっていた。


「栗を・・・」
「栗、ですか?」
「栗を拾ってきてもらえんかのう」
「はぁ・・・」
「ただのう・・・・・うら山、の栗を頼みたいんじゃ」
「うら山、ですか」

うら山というのは、特に熊やイノシシといったものは出ないし、寺のすぐ裏なので行くのは簡単なことだった。
ただ、やけに薄暗く、誰もめったに入らないのでとても気味の悪い山となっていた。

「誰もめったに入らんだろうから、良い栗がたくさんとれるはずじゃ」
「はぁ・・・」



続く


「ずざり、ずざりと・・・」



ずざり、ずざりと音がする。



何かを、引きずるような・・・・・



「・・・・・っつは!!」


蛙の鳴く音がする。

静かなはずの真夜中に、いやに大きな音で。


「・・・どうしたんだい?」
「・・・いや」


妻が何か言うように、唸るように寝返りをうった。
それ以上何も云わないので、向こうを向いていても、もう寝たのであろうことはなんとなくわかった。
それでもしばらく妻の後ろ頭を見ていたのは、自分の心臓の音が嫌に静かだったからかもしれない。

もう揺すろうと起きはしないであろう妻を、起こさないように注意しながら、居間へと立った。


囲炉裏の火もとっくに消え、煙さえない。

月明かりがやけに、明るかった。


誰一人、猫一匹いない居間で一人座ってみると、昼間のそれとはまるで違う場所に見える。

まるで影で縫い合わせた場所を通ってきたかのように、ここは俺の家で、居間で、つい夕方まで煮炊きしていた囲炉裏の前なのに、そっくりに違っていた。


「・・・あの音は、いったい何だったんだろうか」


黒ずんだ柱を見上げ、先刻の夢を思い出す。


草の匂いのきつい草原だ。


雨に降られたのか、朝露か、とにかくうっすらと濡れて、湿った原なのだ。


そこを、何かを引きずるように。


ずざり、ずざり・・・


「・・・・・ふむ」


カメの水を手ですくって飲む。

落ち着きはしたが、水の冷たさのように、頭に残るものはあった。


何だったのだろう、あの夢は・・・



朝には、特にその後に夢も見ず、子供らと雑炊を食べ、畑に出た。

昼を過ぎて、家に寄ったニ軒向いの修造が、納屋の修理を頼んできたので夕方まで手伝った。


そうしていつのまに、いつものように飯を食い、床についた。

そして・・・






「・・・・・っ!!」



また、あの夢だった。

今度は妻も起きなかった。。


あの草むら、あの音・・・

間違いなく、昨日と同じものだった。

ただ、昨日の夢よりも幾分変わったというか、分かったことがあった。



あの草原を、歩いているのだ。

背丈からして子供。


数えていくつだろうか、とにかく薄青い着物を着た、短い髪が乱れた子供だ。


顔の辺りが異様に影がさしていて、よく見えなかった。

疲れたように、うなだれるようにして、歩いている。



あの子供が歩いていた音だったのだろうか・・・



違和感がありつつも、俺はもう、それで納得することにした。

そんな光景は、気に留めずとも今まで何度も見てきたのだろう。


それを、変に思いだしたにすぎんのだ。




そう割り切り、俺は忘れることにした。




(続く)

ぐるっぽでの課題小説、またやらせていただきます。



課題は[春]・[紅茶]・[混ぜるというテーマで]となっています。






「Link・Tea」



―――青いトレンチコートを着た女性が、歩いて行く。

とても様になった、大人の女性というカンジだ。キャリアウーマン、というより、できる女。カッコイイ女性、とでも言うべきか。

実際、青なんて珍しい色のトレンチコートがあんなに似合っていて、不自然さがかけらもない。


私は、オープンテラスから彼女がきびきびと歩いて行くのを見つめている。

横断歩道を渡り、スタスタとビルの陰に消えていく。


大通りから細い路地に入った場所にあるこのテラスは、まるで特殊な鏡のように、こちらからは見えても大通り側からは注意しないと気がつかないだろう。

彼女も、このテラスの存在さえ、いや、もしかしたらこの細い路地さえ、気づかず、記憶に残さず歩いていくのかもしれない。


そう。たとえば、あなたはこの紅茶の一滴も、その味を知らない。

毎日のようにあなたを見ている私のことにさえ、きっと気が付いていないのだから―――




もう夏も近い。ついこの間まで春だと思っていたのに。

オープンテラスに少しだけはみ出した木の枝が、絵の具をそのまま垂らしたかのように鮮やかだ。

この店は1階がレジになっていて、テイクアウトや受け渡しがスムーズにできるように、ほとんど席を設けず、2階が主なカフェとなっている。

斜面に面しているように建っているから、2階の方が断然に広く設計されているのをうまく逆手にとっている。

それでも少し余るので、半分ずらすようにして、オープンテラスが作られている。

いつも満席というわけではないし、かといって混雑時も対応できるこの作りは、オーナーや従業員も気に入っている。


「西田さんー!ちょっと手伝ってくれませんー?」
「はいー!」


私もまた、その従業員の1人であり、このカフェも店のメニューも気に入っている。

空いている時間や、休憩時間もあえてテラスで過ごしているほどだ。


そして、毎日のように目に入る、テラスから見える光景。

その中に、彼女は今日もいた。


働いているオフィスが近くにあるのか、1日に何度も姿を見るときがある。

もちろんここからでは、横断歩道を歩いている姿しか見えない。

ただ、昼時でも大1人でいる姿しか見たことはない。



「・・・・・彼氏とかいるのかな」


何も、何一つ意識せず、ため息のようにそんな言葉が出て、それを再確認するのに時間がかかった。


それが約1か月前のこと。


それから私は、いつにも増して飽きもせず、ただ彼女を見つめる時間を増やした。

頻繁に見かけられるよう細かく休憩を割り振ったり、逆に大きくまとめて待機するように彼女を待ったり。


「・・・なんだかなぁ」


路地から目が離せなくなったので、もうテラスですることはプレイヤーで音楽を聴きながら、紅茶をかき混ぜることぐらいだ。


「・・・もう夏も間近ですよ」


テラスにはみ出した青い葉に小声で話しかけるのが、気がつけばクセになっていた。


「あと何回この紅茶混ぜたら、踏ん切りつくのかなぁ~・・・」


あ~と言いながらテーブルに突っ伏す。
今日は1度も彼女を見かけていない。
もしかしたら明日から、もう見かけることはなくなるかもしれない・・・・
そう思うと少し真剣になって、また路地の方を見ることにした。


「・・・・・何見てるの?」
「・・・何って」


聞きなれない声がして振り向いた瞬間、そのまま私は“止まって”しまった。


「・・・?」


目のさえる青のトレンチコート、きれいにまとめられた背中まである髪・・・・・

固まっている私をよそに、あろうことか“彼女”は、私のテーブルに座った。
持っているトレーには、紅茶とベーグルが載っていた。


「あ、ああの」
「・・・ねぇ、ここから何が見えるの?」
「へ?」
「あなたいっつもここから、何か真剣そうに見てるんだもの。ちょっと前にあなたを見てから、毎日のようにここから見てた」
「・・・・・っ」
「私も、混ぜてくれない?」
「・・・へ?」
「そんなとぼけた顔しないでよっ」
「え、ええと・・・」
「私目がいいから、あなたがここから見える景色だけあんなふうに見てたとは思えないの。ねぇ何見てたの?」
「・・・・・」


言えるわけがない・・・あなたを見ていたなんて。

思わず顔が発火しそうで、うつむくこともできずに中途半端に固まっていた。


「・・・あっ!」
「へぁっ!?」


思わず変な声が出てしまった


「もしかして、自分で探せって思ってる?」
「ふぇ?」
「う~んそうよね。いきなり来た人間に簡単にそんないいもの教えられないわよね」
「え、いや、えぇと・・・」


なんとなく、仕事のできる人の考え方だなぁと感心している間もなく、彼女と目線が合ってしまった。
目が離せない、ひきつけられるような目だった。


「でも、私にも参加する権利くらいあるんじゃない?」
「え?えっと・・・」
「私も混ぜてくれない?あなたの“観察会”」
「は、はい・・・・・」


私より年上であろう“彼女”は、私の隣でとても無邪気な顔でベーグルをほおばっていた。

遠くからでは決して見えなかったであろう、彼女の一面。


彼女もまた、遠くからでは知ることのできなかった、この紅茶の味を知った


私の気持ちが知られるのも、時間の問題かもしれない。


彼女と同じ紅茶を、彼女と同じ風景を見ながら飲むのは、不思議な味がした。



参加しているぐるっぽに短編テーマが載っていたので、やらせていただきます。


◆お題
・別れる
・目指す


◆設定
・作品中で、何らかのスポーツをとりあげる。






「日没前」




たとえば、明日。

私のこのイライラは、治るのだろうか。

この息苦しさは、治るのだろうか。

たとえば明後日、私の不安はなくなるのだろうか。


たとえば今夜、私の憂鬱は、消えるのだろうか・・・・・




「次行きまーす!」
「はーい!」


カポーンと、緑のネット越しに音がする。
テニス部のゴムボールが飛び交い、目の前でネットにあたって落ちる。


夕方の校舎は夕日に照らされているが、場所が低いのでほとんど日陰になってしまっている。
影と影の間に、赤い光がさしているような本校舎や駐輪場を通り過ぎると、不意に大きく開けて赤い光が一面に広がった場所に出る。

それが、このテニスコートの脇道。


ここから少し歩けば、正門から少し外れた小さな下校口がある。


普段は通らないはずの道を、今日はぼぉっと考えながら歩いていたせいか、正門ではなくこっち側の道に来てしまっていたようだ。

もう秋に差し掛かろうとしているのに、5時を過ぎているにも関わらず、彼女たちはラケットを手放す気配がない。

たぶん、6時半まではやるのだろう・・・



「―――雪~!」
「・・・あぁ、咲」
「もう、どこ行ったのかと思ってたよ」
「うん、ごめん」


少し息を切らした咲は、ネットの向こうのテニス部に気がついたようで、少し表情を変えた。


「・・・見てたの?テニス」
「違う」
「でも・・・」


私は咲の真正面に向きなおり、その顔を見つめた。
こういうとき、私は器用にはできない。
表情を微妙に柔らかくしたり、変えたりできない。
ただ、咲の顔を見て、顔色を変えず話すことしかできないのは、自分でももどかしい。


「・・・私は、ちゃんと区切りをつけてる」
「・・・うん」
「テニス辞めるってことは、大会に出ることができなくなるのも含めて、自分で決めたの」
「・・うん」
「それに・・・大会目指すって言ったって、結局、私は咲といたかったからでもあったわけだし。だから、この選択は間違ってないと思うし、後悔もしてない」
「うん・・・」
「それとも、やっぱり私が間違ってた?」
「うっ、ううん!!違う!違うよ!!だって私も・・・」


赤い光が照らす咲の頬、私の頬。
熱は感じなくとも、その粒子は感じれる。
そんな気がした。

何度かのラケットの音が聞こえた後、咲は口を開いた。


「・・・私も、部活辞めたのは、後悔してない。元々雪の方がうまかったんだし、私は出れても補欠だもの」
「・・・・・」
「でも、そうじゃなくて、大会とか部活じゃなくて・・・私は、雪のそばにいたいから・・・」
「・・・」
「私も、答えは最初から決まってた気がする。だから」
「・・・わかった」
「・・・」
「・・・ごめん。私も、不安だったんだ。その・・・私だけじゃないかって。私だけの気持で、咲を引っ張ったんじゃないかって・・・」


首筋を通り抜けて行く風が、冷たい。
やっぱり、自分にイライラする。もどかしくて、非力で、弱い・・・


「・・・大丈夫」


咲の手が、そっと私の手を握る。

「私も、おんなじだよ。ごまかさない、ホントの気持ち。雪と同じ気持ちだから」

「・・・・・うん」


いつもはさみしく雑然に感じる赤い日が、なんだかとても暖かく感じた。
それは並んで歩くからか、この時間のせいからか、心の満たされからか。


「こっちから出るの初めてかも」
「そうね」
「この時間て、いつも練習でちゃんと見れなかったけど、夕日きれい」
「うん」


ふと振り向くと、テニス部の女子たちがこっちを見ていた。

私が少し睨むと、何もなかったかのように練習を再開していた。


私の選択は、間違ってなどいない。
もし、誰かがそう言っても、私は耳を貸しはしない。
あんな奴らのために、咲と別れるなんて、ありえるはずがないのだから。


赤い陽は、彼女達も、門を出る私たちも、平等に照らしていた。




電車の窓から見える景色は、通り過ぎる建物、街・・・

斜めにカーブを走ってゆく姿は、まるで巨大な蛇が音をたてて進んでいるようだ。


こんなにも無機質な車体さえ、そう見せる。

それはきっと、その“中”にそれを思わせるくらい、無機質さを消させるくらいの“生々しい”何かがあるからかもしれない。


彼女はそう思った。


たとえば人、たとえば空気、たとえば雰囲気・・・

それら小さな“生々しい”世界がいくつも車内に存在し、あふれ重なり、肩越しにぞわぞわとしている。


そんな中でふとその光景を外側から見れば、もしかしたらそれは、箱の形をした得体のしれない大きな“何か”に見えるかも知れない。












「・・・つ、疲れた」



この診療所は由の叔父のもので、スペアキーを由は持っていた。

診療所の名のとおり、予防注射のような特別な診療時以外は、毎週火曜と木曜しか開いていない。

叔父は町の総合病院に勤めていて、診療所は親から受け継いだ片手間運営だった。

実際、軽い怪我や病気の様子見、何かあっても総合病院から救急車を手配してもらう程度しかできない。

それでもたまにけがをした子供が来たり、肩こりや腰痛の相談に来る老人たちが来たりと、それなりに機能はしていた。

由はたまに予防接種等の時の手伝いをしていて、叔父からスペアキーをもらっていた。



「まぁマキちゃんとトシロウ君にも渡してあんだけどね」



と言われて渡されたのをぼんやり思い出しながら、由は冷たい水で冷やしたタオルを絞った。

叔父の言うマキというのは叔父と由の母の姉、つまり由の伯母にあたる人の娘で、一昨年からカウンセラーとして働いている由の従姉だった。由と同様に度々叔父の手伝いでこの診療所に来ることがあり、由ともよく一緒に手伝いをしていて仲もいい。

もう1人のトシロウというのは、詳しい家系図を由は知らないが又従兄で、由が小さい頃にはよく遊んでもらった記憶があった。

今もたまに正月などで実家に帰ってトシロウと会うことがあると、由はよく話をしたり聞いたりする。

トシロウは史学を大学院で専攻していて、ピラミッドやエジプトについての話を度々由は聞いていた。



診療所に着いた後、隣の部屋にさっきの男をなんとか運び、水分補給と体を冷やすことを言っておいた。

一応脱水症状は起こしていないようだったが、それ以外の不安要素がありすぎた。

とりあえず話を聞いてみるしかない。

そう思いながら由は隣の部屋に戻った。



「えっとぉ、ダイジョブですかぁ?」



タオルがちゃんと冷えてるか確認しながらふと男を座らせた長椅子をみると、そこに男はいなかった。

一瞬居なくなったかと思ったが、男は部屋の隅の洗面台で水を飲んでいた。

よほど喉が渇いていたであろうその飲み方に男の風貌が加わって、変に迫力のある絵になっていた。



“こんな人助けたんだ、私・・・”



由は心の中でため息をつきながらタオルを置いた。

男は水を飲み終わって、由の方に戻ってきた。



「はい、冷やしたタオルです。額にでもあててください」

「あぁ・・・」



男はなんとも素直に額にタオルをあてて座った。

さっき脱獄してきたかのような風貌の男が隣に座って自分の冷やしたタオルを額に当てている光景は、見ていてなんとも不思議な気分だった。



「脱水症状は起こしてないみたいですね。でもあんな恰好で炎天下の中にいたら倒れちゃいますよ」

「・・・脱水症状?」

「え?」

「・・・いや、なんでもない・・・。それより、なんというか、どうも」



男はぎこちなく軽く頭を下げた。



「いや、それはいいんですけど、あなたはなんであんなところにぼおっと立ってたんですか?」

「さっき言った通り、としか言いようがないんだが」

「でも記憶喪失じゃない?」

「あぁ・・・」

「話せば長くなるが、時間はあるか?」

「うん」


































――――――


書いてたのはここまでです。まぁ思いついたら続きを書くかもと。

以前書きっぱなしでいた小説の序文。続けるかはわからないものの、載せておきます。

―――――


―かつて膨大な知識を得、理解した男は、その英知と引き換えに、自分と、自分の目的を失った。いや、正確にはどこかに落としてきてしまったのだ。



そう、荒れ狂う知の嵐の中に―





「陽炎~陽炎と宝石少女~」



アスファルトが、照りつける日差しを更に温められた陽炎と共に空中に送り返していた。

その空気の中に、まさに陽炎のように男が1人、立っていた。

城ヶ崎由(じょうがさきゆい)は市立図書館からの帰り道でバスを待っていた最中、その男に気付いた。

由の立っているバス停から15mほど先のT字路に立っていたその男は、暑いのに黒の長袖のYシャツ、黒のズボン、そしてなぜか魔法使いのような黒の三角帽をかぶっていた。

小さいベルトが2つ巻かれたその帽子は非常に印象的だが、全体的には地味、というより、その景色にまるで自然現象であるかのように溶け込んでいた。

陽炎がそのまま人間になったら、きっとあんな風になるだろう。そう思えてくるような男だった。

由は男がどんな行動をするのか少し気になってじっとその男を見ていたが、男は5分10分経っても同じ場所から動かなかった。

それどころか、由の方をずっと見ている気すらした。

もしかして自分に用があるのではと由は思い始めた。

この炎天下、由はバス停の日よけのおかげでまだマシだったが、男は全身黒服で直射日光をまともに受け続けている。



もしかして道に迷っているのでは?

もしくは身動きできない怪我をしているのでは?



そんな考えが由の頭の中をぐるぐると回っている中、男は相変わらず身動き一つせずに立ち続けていた。

ついに由は男に話しかけることにした。

バス停の日よけから出ると夏の直射日光は予想以上に暑かった。



“こんな中でずっと立ってたなんて、あの人大丈夫かな?”



そんな由の心配など知るよしもないとばかりに、男は相変わらず突っ立っていた。

由が男の隣に歩み寄っても、男は身じろぎ一つしない。



「あ、あのお・・・」



長く肩まであるくせ毛の長髪と耳元から顎の先までを覆い尽くしている伸ばし目の髭が、まるで昔の映画に出てくる浪人か流れ者のガンマンのような印象を与えた。

近くで見るとわかる堀の深い顔と細く鋭げな眼が尚更そのイメージを強めている。



「・・・?」



声にならないような声で、男は返事をした。

いや、正確には反応したといった方が良かったかもしれない。

男の声はひどくかすれて聞こえた。



「あの、ここで何してるんですか?」

「・・・」



男はしばらく由の顔を見ていた。

身長差から見下ろしていたと言った方がいいかもしれない。



「・・・わからない」

「へ?」

「・・・特に目的はない。ただ、何をすればいいかもわからない。だからとりあえず、ここに立っている」

「・・・・・もしかして、記憶喪失?」



想定していなかった第3のパターンに由は戸惑った。

怪我人の応急処置は学校で習ったものの、記憶喪失者への応急措置は習っていない。

そんなことを考えながら当惑していると、意外な助け船が問題の当事者からやってきた。



「・・・いや、記憶喪失ではない」



助け船には穴が開いていた。



「じゃ、じゃあなんなんですか?」

「・・・少なくとも・・・記憶喪失の方が・・・マシの・・・よう・・・だ・・・」



男はそう言いながらその場に膝をついた。



「ちょっ、だ、大丈夫ですか!?」

「むぅ・・・」



よく見ると男は汗だくだった。

普通に考えてみれば、あの炎天下の中ずっと立っていられたほうがおかしいのだ。



「こ、こういうときは、えっと、えっと・・・・・」



由はキョロキョロと辺りを見回して、ふと正面の建物に気付いた。

白い小さなコンクリート製の古い建物、診療所と書かれたその玄関口目指して、由は男に肩を貸して歩いて行った。























































全てが溶けてゆく。

見えるものはかすんで、遠ざかって、それらがあったことすら、忘れてしまいそうなほど、私はそれらから離れてゆく・・・

聞こえるものだけじゃない。

耳を通して、閉じた目の中から、私はトンネルをくぐるように別の世界へと、目を開く・・・




雑踏の中、昼下がりの街は人で溢れている。

蜃気楼のようにゆらゆらと、人が行き交う“光景”が、ビルの窓に反射する。

気温がそれほどに高いわけではない。

人と、人の行き交う場、その空気、そういったものの全ての結果が、熱気を帯びているだ。


その熱気を避けるかのように、人々は冷房の利いた店やカフェに入る。

しかし、それは誰も同じで、結局そこにも“見えない”熱気というのは沈殿してしまっている。


駅前の大型電気店など、この時間にはそのほとんどが、涼みに来たついでにうろうろしているといったものだ。

なんとはなしに見た扇風機やクーラーを、本気で買い変えようと値踏みを始める者は意外と多い。


しかし、その大半は自宅に着くと、よほど困ってない限り今のままで良いと思うようになる。


それは、その購入意欲が、一時の暑さから逃れたい意思の表れだったからなのかもしれない。

が、もしかしたら、値踏みをしていたその時感じていた暑さは、体感的な暑さではなく、人々の雑踏からの“熱気”に感じた暑さだったのかもしれない。

そしてそれを避けたい意思から来たものだったのかもしれない。


だからこそ、実際に例え買ってみても、店頭での感覚とずれがあるのは、思っていた人々からの“熱気”を避けられるかもという無意識な理想があって、けれど結局、その程度では叶わなかったという落胆をまた、無意識に感じているからなのかもしれない。

それらは無意識のうちに始まり、無意識のうちに終わる。


だからまた、誰も気づかずに無意識にそれは始まる。


つまり無意識に何かを求めて、何かに理由をつけて、また物を買うのだ。


それが巡りめぐっているようなこの大型電気店は、だからこそ余計に人々の“熱気”を感じるのかもしれない。


その一見抜け出せないような循環の輪の中を、一部の無意識を“意識”できている者はそこから外れることができる。

自分に本当に足りないものを知っているから、自分が本当は何が嫌と感じ、何が欲しいかを知っている者は、本来での意味の“買い物”を“楽しめて”いるのかもしれない。


渇望からの買い物ではない、欲しい物を買うという、シンプルで本来の姿をした買い物。


買い物とは、その渇望を埋まるためか、必要な物を手に入れるためかのどちらかという特性を持っているのかもしれない。




だが、そのイヤホンコーナーの一角で値踏みを続ける彼女は、そのどちらとも言えない意思で、商品を見ていた。


自分の本来欲する物も分かっている、かつ、自分の渇望も埋めようとしているのだ。

一見、それは懸命な行動にも取れるが、それは逆に、根本がもっと別の部分でずれていることも示唆している。


もしくは、双方の性質が不完全と言えようか。

そう、どちらも中途半端なのだ。

必要と分かっていても、その中に“欲しい”という欲求が少ない。たしかにありはするが、それよりはるかに“義務感”じみたものが勝っている。

また渇望も、自分が欲するものは知っていると、半ばフタをするような形で、自分の渇望を認めていない。


その姿は、別の形の、渇望といえるのかもしれない。


“E-62TM・・・インピーダンス18”

“E-32AM・・・インピーダンス25”

“E-62AM・・・インピーダンス20”


彼女の眼は事務的に、イヤホンの仕様を読み取っていた。


“最大入力・・1000mW”


かすかにその瞳が揺れる。

そこにはわずかな安心が起きた。

義務感は時に、自分の意思による感情を超える。

鎖に縛られた渇望と言ってもいい。


それほど気を張っていたわけでもないのに、気がつけば驚くほど気が抜けていることに彼女は気づき、気を引き締める。

油断してはいけない、安心してはいけない・・・

自分への言い聞かせに半分、もう半分を実際の引き締めにつかいながら、彼女はそんなことを頭の中で繰り返し、唾を飲むと表情を固めた。


周囲から見れば眉の一本も動いていないように見える。

しかし、彼女の中では常に衝動と変動に揺さぶられている。

そんな現状が、性質が、彼女には1つの大きなストレスでありジレンマであり、時に悲しみともなる。

それでも彼女は“それ”を、その状態を、“性質”を辞めようとはしない。


性質だから、すぐに自分で変えることはできない。それ以上に、彼女にとってそれは、いわば“これ”は“護身術”なのだ。


身を守る術。くずしてはいけない盾。

それがたとえ重くとも、持っていなければ簡単に槍が入ってくる。斧が振り下ろされる。刃物が迫ってくる。


彼女はより頑丈な盾がほしいと日々思う。

そうすれば、そんな刃も矛も無視して突き進み、あわよくば敵陣をもそのまま押しつぶせる。

そんな気がするからだ。


それでも、彼女の盾はまだ弱い。

だから、彼女は盾をなるべく強く“引き締める”のだ。

まだまだ未熟な護身術を、少しでも強くできるように。


彼女の手に握られ、レジへと向かうイヤホンもまた、彼女の大きな“盾”となる。

しかし、それだけではない。

それは強靭な“城壁”にもなり、守るべき“城”そのものともなりうる。


彼女は時折、自らをその城の“王”と考えることがある。

決して“女王”ではない。

ただ1人、冷たい石でできた無機質で寒々しい城の中で、身構える王。

痩せた頬と落ちくぼんだ目で、雨の降る外見つめながら、次の進軍と侵攻に身構え、考え続ける王。


彼女は自分の瞳だけは、まぶたさえ柔らかく弱くとも、その瞳だけは城石のように固く冷たくあると思い信じている。


朝、自分のものではない髪の毛の残った洗面所で、嘘で塗り固めたような制服姿の自分を見るのは嫌いだった。

けれど、自分の瞳だけをじっとみることは長々とできた。


まるで苦境の中十字架を握りしめるように、じっと、その瞳だけは変わらないと、睨むようにすがるように見つめる。

まぶたさえ微動だにせずとも、自分の中のそれはわかるのだ。




ガラスの自動ドアをくぐると、一気に熱風と、のしかかってくるような日差しが体を突き抜けた。

彼女は黙々と歩く。

隣を歩く幾重の人々は、店外の温度差にため息をつく。上がっていく体温に汗をかく。

しかし、彼女はその陽ざしに時々近づきたいとさえ思うのだ。時に身を焦がしさえするほど近づき、その温度に近づきたいと。


そう思うからか、そう思う“原因”のせいからか、彼女は店内にいたときよりよりも軽く冷たくなったような体で、強い日差しの中横断歩道を歩いてゆく。