最近、シートベルトをしないでクルマを運転するのがマイブームです。
身体を圧迫される感じがなくなって非常に快適!
今まではどんなに疲れててもシートベルトしてて、それが当たり前だと思ってたんだけど。
はじめてシートベルトを外すときは、けっこう緊張もしたし、大丈夫かなあ、なんて思ったものだけど、いざシートベルトをはずしてみると運転中すごおくリラックスできるんですね!これは、すごい発見でした。
自宅に帰って窮屈なネクタイを外したときのような、えもいえぬ開放感があるのです。
今になって考えてみると、今までどうしてあんなにわずらわしいものを身体に巻きつけてたのかなあ、と疑問に思うくらい楽ちんなのです。
そういえば、シートベルトってなんのために必要なんだっけ?
まあ、とにかく、ノーシートベルト非常に、おすすめです。



























―――って、危ないですから! Σ⊂(゚Д゚;)
ダメ!絶対!


※この日記はジョークです。まねしないでください。(そもそも僕はやってないけど!爆)
以前、アップしようとして内容的にどうかなあ、と自重してたんだけど、まあ、別にいっか、と今回アップしてしまいました。
深く考えすぎるのは、よくないのです。昨日も書いたように!

夕暮れどき。
スターバックスの窓際の席に座っている。
ホットのスターバックスラテをすすりながら、ぼうっと考え事に耽っているのだ。
―――ふう。
今日のスタジオリハは、なかなか有意義だったな。
細かいことをいいだせばキリがないけれど、バンドはおおむねいい方向に進んでいるだろう―――
身体には適度な疲労感がある。
電車の中で長く立っていたから、足の裏はじんじん痛むし、肩にはフェンダーストラトキャスターのずしりとした重みがまだ残っている。
でも、この疲労感は特に苦痛なわけではない。
僕に生の実感を与えてくれるポジティブな疲労感だ。
外はもう、夕闇に包まれている。いつの間にか。
つい、さっきまではもっと明るかったはずだけど。
秋に入って、昼の寿命はずいぶん短くなってしまったようだ。かわいそうに。
一日は、あっというまに夕闇に包まれてしまう。

目の前には、スターバックスの窓に映りこんだ僕がいる。
いつもの見慣れた顔だ。
やや面長で、目が小さく、下あごのえらが張っている。
髪はくせ毛で、もみ上げが長くくしゃくしゃしていて、無精ひげがもそもそと生えている。
とてもぱっとした顔とはいえそうにない、いつもの僕。
しかし、自分の顔が詳しく観察できるくらい、いつの間にか夕闇は深まっていたのだな。
スターバックスの窓は、1時間前よりも、30分前よりも僕の顔を映し出すことにずいぶんと力を入れているようだ。
30分前にスターバックスの窓に映りこんでいた僕の影は、その存在に気付くか気付かないかくらい、淡く、ひどく貧弱な存在だった。
そのとき僕の目線は、僕の淡い影を軽々と通り越して、道を歩く人々へと向けられていた。
手をつないで歩く同じ色のマフラーをした少年少女に。
小型犬をつれて(引きずられて、といった表現が適当だろうか)散歩する腰の曲がった老人に。
息をはずませながら小走りで駅へ向かうスーツ姿の男性に。
けれど、今、僕の目線は、目の前にいるもうひとりの僕に敢然ととらえられている。
目の前にいる僕は、先ほどまでとくらべて、明らかに自己主張を強めだした。
僕を見て、僕を見て、と。僕に自分の存在をアピールする。
うさんくさい笑みを浮かべながら、左手をゆっくりとあげて僕を手招きしている。
―――もちろん、彼が左手をゆっくりとあげて手招きしたのは、僕がゆっくりと右手をあげて手招きしたからなのだが。そんなことを演じてみたい気分だったのだ。
基本的に、彼は僕のスレイブなのだ。
僕が、マスター。

でも、僕にはなんとなく彼に意思があるように思う。
科学的にはそんなことはありえないはずだが、どうも、そう見えるのだ。
彼には深い意思があり、何らかの意図を持って僕と接している―――そんな風に思えて、しかたがない。
光と闇のまじわりが、何の目的があってかは知らないが、そうしているのだろう。
彼らが―――つまり、光と闇のまじわりが―――、僕の目の前にいるもうひとりの僕を操っている。
今、もうひとりの僕には、輪郭があり、色がある。
それは、光と闇が、僕という存在をコピーして、そこに映しこんでいるからだ。
彼らは、途方もないスピードでそれをやってのける。
僕とスターバックスの窓との距離が50センチメートルだとしたら、光と闇は約1億5000万分の1秒で僕という存在をコピーして、窓に映しこんでしまう。
本当に、途方もないスピードだ。

でも、光と闇がコピーしているのは、本当に僕の輪郭と色だけだろうか。
僕の目の前にいる僕をじっと見ていると、どうもそれだけではない気がしてならない。
そこには、テクスチャーすらもコピーされている気がする。
窓に映る僕には緩やかな奥行きがあり、柔らかな膨らみがあるような気がする。
それは、ぱっと見には平面に見える。
そして、「目の前に見える僕は平面だ」というのが物理的に正しいことだと思う。
だって、まっ平らなガラスに映し出された姿だもの。
そこには、奥行きなんてあるはずがない。
でも。
やっぱりよく見てみると、そこには緩やかなテクスチャーがあるように見える。
そのテクスチャーはぼうっと浮き上がり、ひとつの確信として僕に迫る。
「そう、わたしはテクスチャーです。あなたにはわたしが見えますか?見えるでしょ?見えるはずなんです。別にわたしが見えないふりをする必要なんてないのですよ。わたしの存在を無視しようとしたって、そうはいきません。ほうら、あなたにはわたしが見えるでしょう。あなたにわたしが見えるっていうことは、わたしは確かにここに存在するということです。それを無視するというのは正しいことではないはずです。」
そうなってしまうと、僕はテクスチャーの存在を否定するわけにはいかない。
確かに、テクスチャーのいう通りなのだ。
僕はもうひとりの僕にテクスチャーがあるように見える。それは、疑いない。
そして、自分に嘘をつくことは正しいことではないと、僕も思う。
まったくもって、その通りだ。
だから、僕はその事実を受け入れることにする。
―――光と闇が映しこんでいるのは、僕の輪郭と色だけではない。僕のテクスチャーも映しこんでいるのだ。
という事実を。

そして、光と闇が映しこむ対象はテクスチャーだけではない。
窓に映る僕には、匂いもある。
音もある。
思想まである。
光と闇は、僕に付帯している様々な属性をかたっぱしからスターバックスの窓にコピーしているようだ。
僕の目の前にいるもう一人の僕は、僕という人格のクローンとして、そこに存在する。
彼が先ほど見せた、確信に満ちたうさんくさい笑みは、この事実に裏打ちされたものだったのだ。
「わたしは、あなたの輪郭と色が映し出されただけの、単なる残骸ではないのです。わたしはあなたが持っているものすべてを持っている。わたしにはあなたのテクスチャーもある。あなたの匂いもある。あなたの音もある。思想まである。あなたは、わたしを見くびってはいけない。あなたはそのことにまだ気付いていないみたいだが、早く気付いた方がいいのではないですか?」
あの笑みは、そんな声なき主張をしていたのだ。
ちくしょう、なんて嫌なやつだ。
「うるさい、ばかやろう。おまえなんて、単なる僕の影じゃないか。僕が右手をあげたら、お前も左手をあげるしかないんだ。しょせんお前はスレイブで、僕がマスターなんだ。わかるか、ええっ。」
そう、いってみたところで、彼は何も言い返そうとしない。
ちくしょうめ。
僕は、机をドンと叩く。
マグカップがカラカラと音を鳴らす。
スターバックスラテの液面が揺れる。
周りの客がちらちらと僕の方に目を向ける。
ただ、もうひとりの僕は微動だにしようとしない。
ちくしょうめ、ちくしょうめ!

僕は目の前にいる僕に、自分の内側にある大切なものを少しづつ吸い取られているような錯覚に襲われる。
彼が、僕の輪郭と、色と、テクスチャーと、匂いと、音と、思想をコピーしてしまったことで、僕の持っていた大切な財産が奪われてしまったように思える。
もうひとりの僕の属性が充実してくるにつれて、彼の目の前にいる僕はどんどんからっぽになっていくのではないだろうか。
闇が濃くにつれて、彼はどんどんとその存在感を増してくる。
彼がその存在感を増すにつれて、僕の存在感はどんどんと薄れてくるのではないだろうか。
光と闇が僕をコピーし続けることで、僕はだんだんと磨り減っていっているのではないだろうか。
このままでは、僕は完全に消え去ってしまう!
光と闇に食いつぶされて、まったくゼロの存在になってしまう!
ああ、一体どうすればいいというのだろう!
ああっ!





































まっ、別にいいか。
そんなこと、別に大したことではない気がしてきた。
今の僕が、輪郭や色やテクスチャーや匂いや音や思想を失ったとしたって、そんなことは大したことじゃないのだ。
光と闇に食いつぶされて、まったくゼロの存在になったって、別に、いいや。
輪郭だって、色だって、テクスチャーだって、匂いだって、音だって、思想だって、そんなものは、全部君にくれてやるよ。
そんなものは、まったくもってブルシットだ。
本当に、まったくもってブルシッッッッッット!だ。
ブルシッッッッッッッッッッ――――

僕は、マグカップの底に1センチほど残っていたスターバックスラテをくいっと飲み干すと、壁に立てかけていたギターケースと、足元に置いてあったエフェクターケースを持って、立ち上がる。
そして、もうひとりの僕を一瞥すると、彼を見つめたまま、席から少しづつ離れていった。
窓から離れると、もうひとりの僕の姿はどんどん小さくなっていく。
どんどん、どんどん小さくなっていく。
それは、成人男子のサイズから、小さな子供くらいのサイズになり、さらには赤ん坊くらいのサイズになり、卵子くらいのサイズになり、高分子くらいのサイズになり、原子くらいのサイズになり、クォークくらいのサイズになり・・・。
そして、最終的には全くの「無」になった。

深く考えすぎるのはよくないのだ。
そう。何事も深く考えすぎるのはよくないのだ。
アディオス。
大学の先輩ミチーさんの日記を読み返していたら、「赤ずきんと健康」という映像作品を紹介してた。
「BACA-JA」というコンテストの2007年映像コンテンツ部門佳作受賞作。
シュールで最高にくだらなくて面白かったので、ここでも紹介します。


赤ずきんと健康

赤ずきんと健康(Remix)   ←音量注意!


ふだん日記を書くときは、書いて→添削して→書いて→添削して→アップ、という感じなんですが、昨日書いた日記(きりきりと 頭が痛し 秋の空 )は書きっぱなしです。添削なし。
15分くらいで、だーっと書いて、勢いにまかせてアップしちゃいました。
でも、正直なところ、何度も添削した文章より実はまとまってるんじゃないか、という気もしないでもない。
スタジオ音源よりも、ライブ音源の方がかっこよかったりする、パラドックスのような。そんなおかしみがあります。
たまにはこういうジャムセッションみたいな文章の書くのもありなんじゃないか。
そんなことを感じた夜でした。

これって、僕にとってはけっこう重要な出来事だったのですよ。
本当に。
きりきりと、頭が痛いです。
ストレスと、疲労と、睡眠不足と、運動不足のせいでしょう。
ここのところ慢性的な頭痛に悩まされています。
風邪でもないのに頭が痛いというのは、非常に気持ちが悪い。
それならいっそのこと風邪をこじらせてほしいくらいなものです。


風邪をこじらせて、自宅でかけぶとんの上に寝転がって、天井を見上げたいものです。
天井には、無数の星々がきらめいています。
というのも、僕の部屋の天井は一面プラネタリウムになっているからです。
ロシア製のプラネタリウムです。
ロシア製のプラネタリウムが映し出した夜空を見ていると、まるで僕もロシアにいるような気持ちになります。

夜空には、印象的な光が一つ、ゆっくりと天へと上っていくのが見えます。
それは、衛星です。
それは、スプートニク1号です。
打ちあがるスプートニク1号を見ながら、窓の外から聴こえる歓声に耳をすませます。
人々は、この歴史的出来事にひどく喜んでいるようです。
その声を聴いて、僕も喚起の声をあげようかな、と思います。
そして、深く息を吸います。
でも、肺に75%くらい息を吸い込んだところで、僕は息を吸うのをやめてしまいます。
僕は75%まで吸い込んだ息を、喚起の声に変えることなく、ゆっくりとまた吐き出します。
「喚起の声をあげようかな」、と思ってあげる喚起の声なんて、喚起の声じゃないじゃないか、と思ったからです。
そして、僕は僕のその一連の行動が―――すなわち、「喚起の声をあげようかな」、と思って75%まで肺に吸い込んだ空気を、「喚起の声をあげようかな」、と思ってあげる喚起の声なんて、喚起の声じゃないじゃないか、と思って、そのまま吐き出してしまうことが―――ひどくおかしなことのように思います。
僕は、思わず笑ってしまいます。

あはははは、あはははは。

そして、隣で一緒に寝そべっている妻の手をゆっくりとたぐりよせ、ゆっくりと握ります。
彼女の手は最初は少しひんやりとしていますが、しばらく握っていると徐々に温かみを増してきます。
そして、彼女の手は、彼女の寝息をゆっくりと僕の手に伝えます。
そこには、たしかな生命の鼓動と、人生の息吹が感じられます。
僕は、それがとてもいとおしく思えます。
なもんで、手を握ったついでに、彼女にキスをしたい衝動に駆られます。
けれど、7秒ほど考えた末、僕はそれはしないことにします。
となりで寝ている妻はあまりにも心地よい眠りについているので、僕がキスをして彼女が目を覚ましてしまうのがかわいそうに思えたからです。
僕はグリム童話に出てくる王子様ではありません。
眠っている彼女をキスで起こす理由なんて何ひとつないのです。

代わりに僕は、自分自身にキスをすることにしました。
自分自身にキスをするなんて可能なのか、と人からよく聞かれます。
しかし実は、それはそんなに難しいことではありません。
自分の内側をぐるりと裏返してやればよいのです。
それでは、ちょっとやってみましょうかね。

ぐるり、ぐるり、ぐるり。

ほうら、裏返った。
それでは、自分にキスをしてみましょう。
僕は自分の右の頬に軽く手をそえます。
そしてそのまま髪の毛の中にゆっくりと手を入れていく。
僕は右手をゆっくりと動かし、彼の髪の毛を優しく愛撫していきます。
彼の鼓動が少しづつ速くなっていくのを感じます。
そうして僕は、左手を腰に回すと、彼をゆっくりと引き寄せ、自分の口唇を彼の口唇に重ねます。

そうすると、僕は目を覚ましてしまいます。
ああっ、本当はまだ目を覚ましたくなかったのだけど。
ああっ、ずっとずっと目を覚ましたくなかったのだけど。


頭が痛いです。
僕は、とても頭が痛い。
ストレスと、疲労と、睡眠不足と、運動不足のせいでしょう。
ここのところ慢性的な頭痛に悩まされているのです。
だれか、このとてつもなく現実すぎる現実から連れ出してくれないものでしょうか。
普段ギターを手に取ると、ペンタトニックスケールで気ままにフレーズをふらーっと弾くことが多いのですが、手癖地獄に陥ってしまいすぐ飽きてしまいます。
これじゃあ、ギタリストとして成長がないなあ、と思い、最近ペンタトニックスケールのノートを全部覚えることにしました。(つまり、このフレットのこの音は3度で、この音は5度で・・・、というのを覚えるということ)
で、まず手始めに、普段気ままにふらーっと弾いているときはどこらへんのポジションで、どういうノートを鳴らしているのかな、っていうのを整理するために、ネブカ指盤手癖マップを作ってみました。Eマイナーペンタで。
※ペイントで作ったので、とても疲れました(爆)。(PCに表計算ソフトが入ってなかったorz)

ユロージヴイの世界

赤数字1 : トニック
青数字9・13 : ペンタに含まれないノート
色線内のエリア : 手癖エリア

こうして書き出してみると、普段鳴らしてたあのフレーズはこういう音構成だったんだ、とか、このあたりが自分の苦手エリアなんだな、とか一目瞭然になって面白いですね。
これからしばらくはこの画像をPCの壁紙にして練習しようかな。
今、大阪から帰ってきました。
GWの旅行については、おいおい日記に書きたいと思います。

ただ、旅行中爆笑したエピソードをひとつ発表。

大阪のホテルでの2泊目。
通天閣の串かつ屋で一杯やって、ほろ酔い気分でホテルに戻ってきました。
そして、ベッドにごろりと横になって、携帯電話でこのブログを読み返していたのです。
最近の記事から過去の記事へと、さかのぼって読んでいって、「ああ、そういえば、こんなことがあったなあ」と感傷に浸っていました。
ところが、2月15日の「セルフの補足 ―下ネタ論― 」という記事に差し掛かったときに予想外のことが起こったのです。
この記事は、『セルフ』という性をテーマにした漫画に対して僕なりの考察をしたものなのですが、記事を読もうと思ったら、こんな文章が表示されました。



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ホテルの一室で、ひとり声をあげて爆笑してしまいました。
「オナニー」がいけなかったのかなあ?