満洲と聞くと日本の軍国主義を思い起こす。日本の関東軍が旅順を本拠地として満州を侵略をして日本の領土とし支配下に置いた。

1932年に日本が満州に傀儡国家(かいらいこっか)を建国した。第二次世界戦争、日本が戦争に負けて満州国は1945年に崩壊した。

当初、日本人、漢人・朝鮮人・満州人・蒙古人がいた。日本帝国は旅順から大連~新京まで南満州鉄道を敷いた。

対ソ戦に備えた戦略基地とすることにあった。満州を軍需資源の供給地としての目的もあったのだろう。

 

ソ連は極寒で港海も凍っている唯一バルト海は不凍港でバルチック艦隊の本拠地だ。ヨーロッパでは長くロシア帝国を不凍港に南下させないように阻んできた。

 

 日本帝国もロシア帝国の南下政策でヨーロッパのバルト海の遠方からバルチック艦隊が日本海に派遣されたが旧日本海軍によって撃沈された。

日本も朝鮮半島はロシア帝国の南下政策を阻むために朝鮮国を植民地化した。満洲南部の遼東半島の旅順も日本の関東軍の本拠地とした。

 今に思い出す。ある日本人の作家はノモンハン事件のことを書いたら命がなかったろうと言われていた。

 

   その時はじめてノモンハンの言葉を知った。

 

 地理的に満州国はモンゴルとソ連と国境に接している。

ノモンハン事件は日本とソ連の戦いで双方に多大な犠牲者を出した。

戦場はモンゴルとの国境だったが、日本の満州国とモンゴルとロシア帝国の国境線をどこでひくかの戦いのようだ。

ロシア帝国は、不凍港を求めて南下政策を進め、朝鮮半島や満州への影響力拡大を目指していました。一方、日本も朝鮮半島の朝鮮国を勢力圏に置くことを目標としており、両国の利害が衝突した。

 ところが、満州は元々中国ではないという。

 

   そんなバカな今更、そんな説を言われても幼い頃から、親父からもシナと聞いている。

 

 お亡くなったある政治家は中国とは言わずシナと呼ばれていた。トーンから差別のように聞こえた。

しかし、李香蘭が歌った「支那の夜」と歌にもあったが、とてもロマンティックな夜にも聞こえた。

元日本兵の証言で、満州で毒ガス兵器の実験でハルピンの人たちを人体実験をしたとか、ホルマリン液に臓器を浸けたとか随分酷い元日本兵の証言話を読んだこともあった。

 一皇帝の建築物としては「万里の長城」のスケールが大だ。中国も太古の昔から北方の侵攻を警戒していたのだろう。

 

5」

   モンゴル帝国、ロシア帝国、日本の関東軍(満州国)の国境とすると漢民族の北京がある。

 

 満州は牧草地もあり広い土地で農業も出来、川も多く、川では魚をとり自然環境に恵まれているとか、しかし、極寒で乾燥地帯だとか。それで、米よりも麦に適した気候のようだ。

その点、モンゴル帝国のように草原を駆け巡り中央アジアもヨーロッパの方まで遠征した騎馬民族で、満州人は定住型騎馬民族で古くからその地に住みついていた女真族だった。

 女真族は民族名を満州(マンジュ)に変え、万里の長城を超えて中国の華北に侵入して清王朝を建国した。

 

 北京の漢民族(中国人)を1636年1912年の276年も支配した。少数民族(女真族)が漢民族を支配したことになる。

 

中国は女真族を含め様々な民族で構成され人口も増えた。

中国は常に北方からの侵攻に警戒しその為に古くから万里の長城を修復したり、建て増しをした。

万里の長城の北は化け者も住む暗黒の地だったようだ。

女真族が建国したマンジュは、中国の領土ではなかったようだ。漢民族が住む北京に女真族は万里の壁を越え、多くの女真族が中国に移民してきた。

 

   北京も人口も増え、漢民族も住みづらくなり、土地を求めて女真族の住んでいた満州に万里の長城を越し、女真族の地に無断で入った。が女真族のマンジュに立ち入ることが禁止となっていた。

 

漢民族は万里の長城を超え構わず女真族の空き地となった耕作地を耕し自分のものとした。

当時、ロシア帝国がシベリアに進出してきたので女真族の地を空き地にしていると占拠される恐れがあったので、ちょうどいいタイミングだ。 満州も当然中国(漢民族)の人口も増えて来た。治安も悪くなり、唯一日本人が管理する、南満州鉄道界隈は治安も善かったが、問題も起きたようだ。

 

  国際連盟に訴えもあったのか、リットン調査団の調査もあり、日本は意にそぐわなく国際連盟を脱退したこともあった。

 

マルコポ-ロの東方見聞録を影響したのかヨーロッパの国がアジアに植民地を求めて、進出してきた。

イギリスは産業革命で多量生産を可能にし、蒸気船でヨーロッパから   

アジアに来た。

中国から香辛料(お茶)を仕入れ、その決済に銀を使用した。イギリスは銀の流失を防ぐためインドに麻薬のアヘンを作らせ、決済に使った。つまり、イギリスと中国とインドと三角貿易でイギリスは銀を回収した。

 

   後にヨーロッパとアヘン戦争、アロー戦争と中国は戦争になったが西洋に勝てるわけもなく。更に、義和団の乱を引き起こし外国勢力を退けようとした。

 

★義和団の乱(西洋諸国の侵略に苦しむ清が、反キリスト教運動を展開していた義和団を支持することで、外国勢力を退けようとした事件です(1897~1900)。

その結果、ヨーロッパ諸国から莫大な賠償金も要求され、中国(漢民族)を満州に住ませ漢民族から税金を徴収して賠償金の返済にあてた。中国民は清王朝に不満を爆発させ各地に軍閥がうまれた。

 

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   それを聞きつけた海外にいた革命派の孫文が現れ、1911年辛亥革命を起こし、中華民国を建国し、1912年清の最期の皇帝、宣統帝が退位して、276年も続いた清王朝の幕が降ろされた。

 

中国は秦の始皇帝からはじまって幾人の皇帝の支配の世を建国したが、この時から、中国は皇帝のいない、共和制へと移行した。

★共和制:国民の選挙でえらばれた 代表者を元首とする政治 。

反対に君主制: 世襲の国王が元首 となる。

日本は文字のない時から隣国にあって、影響された。別に恨みはないが、知ることの大切さを知った。

 

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 内モンゴル、チベット、新疆ウイグル、はそれぞれの歴史の歩みと、漢字で表記されている満洲国は元々の中国ではないのか?

 

ヨーロッパの全土よりも広い国土、人口も日本の何倍も多く、民族も言葉も多様だ。国をまとめるも、システムも違う。

 中国はアメリカに次ぐ経済力、人口も14億人とか、広大な領土と多民族国、女真族満州も中国に併合されている。

陸続き、島国日本、地図上の国境は、線と海の違いで、地図の見方も天と地だ。

 40年前だろうか、浦安の東京ディズニーランドの駐車場でおにぎりを広げて家族親戚で食べた。

 

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   今は、スマホを使い熟さないとチケットの予約もできない。不便な世の中になった。

 

  世界の人口も爆増し、自然環境も、過去に経験したことのない自然だし。電気が止まれば。高齢化でお米もいつまで食べられるか。サバイバルごっこの時代もきそうだ。

 先日、アンケートで水と簡易トイレ、保存食をご準備している日本の方が3割いらした。 ハイ! できました。

【川柳一句】

サバイバル 昭和うまれの 得意技