目黒に海があったのかサンマがとれたようだ。
私も目黒川の近くのマンションで妻と暮らしたことがある。よく目黒川が氾濫して一階の階段のところまで水が迫ってきた、向かいの地下の飲み屋にも水が入るようになり砂袋など用意して目黒川の氾濫に対処していた。そのうち川底を削り川が深くなり水の通りがよくなった。桜の木が植えられ提灯も吊られ妻と花見をした。
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和歌山の山奥から、はるばる蒸気機関車に乗って東京の目黒村に来た。釣竿を担いで目黒川に釣りに行った。
サンマが釣れると殿様に聞いて、サンマ用の釣り針に交換して
目黒川に竿を持って出かけた。
「何を釣ってんだ?サンマだよ」
海でもないのにサンマが釣れないよ。夜になれば、うなぎが釣れるかもしれない。
海はずーと下流だ。日比谷の港にいかなくてはサンマは釣れない。
目黒のサンマは、寄席の小話で、殿様が目黒村に遠出をした噺らしい。
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【目黒のサンマ】物語
「今日はおてんとう様もご機嫌で良き日よの。
殿様、遠出をなすってはいかがと。
そうか馬を持て、家来に馬にくらを附けさせ、殿様が家来を引き連れ、目黒の山に出立した。川を渡り、丘を越え殿様は椅子に腰を掛け体を休まれた。
これこれ、この善い臭いは何かと尋ねられ家来は臭いを辿って行くとある農家の庭で魚を焼いていた。今のように網もなく赤々と燃える炭の上に魚をのせ焼いていた。魚の焼く煙が発ちいい臭いがする。百姓は庭に干していた大根を魚に添えた。
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殿様がその魚を所望するからと百姓から魚を譲り受けた。家来は魚を持って殿様に差し出した。
これは美味だと殿様は多少の真っ黒い炭の付いた魚を召し上がった。
殿様は、これは何という魚じゃ、
サンマにございます。
家来は殿様にこのことを帰っても他言しないように頼んだ。殿様は鯛の魚以外召し上がったことのない。まして、下々の魚のサンマをお食べになられたとなると家来の責任問題で切腹の命になる。
園遊会は当時あったのかわからないが、殿様はサンマを所望したいと、急きょ、申されたので家来は日本橋の魚河岸(魚屋)から取り寄せ
た。
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サンマの油は体に良くないと蒸して油をとり、小骨は喉にひっ狩りもしたら大変なので小骨を一本、一本取り除いて殿様に召し上がっていただいた。
尋ねるが、この魚はなんという魚じゃ?サンマでございます。
やっぱり、目黒のサンマは美味じゃ。と殿様がいった。
落語の小噺で、目黒のサンマが有名になった。
油ののったサンマが旨い。サンマを焼くと白い煙がいっぱい出るがサンマの油が焼けるから、それを殿様の体に悪いからと蒸してとっては旨味を消してしまう。
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一時は、海水の温度も高くなりサンマも不漁で一匹の値段も100円だったのが500円も高騰した。不漁で東北から取り寄せたこともあった。
目黒川を上流に上っても海はなかった。
中目黒に10年も住んだ。始発のベルの音で目が覚めた。渋谷にも恵比寿、銀座にも便利だ。東横線の中目黒駅、構内にあった立ち食いうどんが、薄味の関西から来た私には辛すぎた。だけど、私には最高の味になった。
40年ぶりの中目黒、高層ビルも増え、よく通ったおばさんのとんかつ店はなかった。
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今回は、殿様と同行する旅をした。殿様目線の旅も新しい発見の旅だ。殿様には味わうことのない下々の味を知って良き政治ができる。
今回で638回の連載の旅をしてきた。史上最低の学力を引っ提げて
世界の旅に出、交通事故に遭遇し、病にもなった。
20年前、ある都内の病院のロビーでテレビを見ていたら、列車事故で100名の方々がお亡くなりになりお怪我をなすった方も多くいた。しかも、私より健康な人だよ。
世界はあちこちで紛争が起き、日本では総理大臣も決まってもいない。 また、一から旅に出よう。
