私は田舎育ちだったので、広い田んぼで凧(タコ)を上げていた。そよ風だと、風に乗って空高く、凧が小さく見えなくなるまで飛んだ。強風だと凧がぐるぐる回転して、頭から強いよく地面に墜落した。

 凧糸を引いたり緩めたりして風のご機嫌をうかがった。鳥は優雅に羽を伸ばしてとんでいる。風の強い時はバタバタ羽でバランスをとっているようだ。

  時には、上昇気流に乗って空高く昇り、上に上がれば下降気流で下に下りてくる。
田んぼで凧を上げていると陽だしがぽかぽかしていると凧も高くあがる。空気が温まると上昇気流がうまれ、凧が高く上がれば、空気が冷やされ下降気流が発生する。凧の上げていると大気は生き物だ。

 町の自転車屋の兄弟は、来る日も来る日も空を飛ぶことを考えていた。
周りから見ると、変わり者の兄弟に見えたのだろう。

  今から、100年以上前の1903年12月17日、アメリカのノースカロライナ州キティーホークという町でライト兄弟が世界初の有人動力飛行に成功した。

 当初、アメリカでは、信用されず、ヨーロッパで取り上げられ。すごい飛行機の発明と地元でも有名になった。

 こんな時に、私も、おらも、わしも同じことを考えていたと主張する者もでてくる。実際そうかもしれない。
しかし最初に特許を取得をした人がすべての権利がある。

  誰かが同じことを真似たとしても権利者に特許使用料を払わなければならない。
 ライト兄弟も裁判でこの特許のことで随分時間をとられたようだ。

私も音楽関係で40年も仕事してきたが著作権料を払ってきた。著作権は曲を作った人にその曲の使用料をお支払いするものである。

ライト兄弟が世界初、飛行機を発明したと歴史に残っている。残らないと単なる、変わり者の兄弟と言われたのに違いない。
 
  成功とは「守るもの」ではなく、 次の成功のために「使うもの」なのです。
 と素晴らしい言葉がありますが、寝る間も惜しんで飛行機のことを考えていると成功の意義は他人ごとのようだ。もし、ライト兄弟が失敗していたらどちらかが亡くなっていたかもしれない。
お気持ちは理解できるが私は、なんも発明はしていない。

 アインシュタインがドイツから、アメリカに亡命して、原爆を作り、広島、長崎に落した。そんなつもりはないようだが。
 
飛行機も爆弾を積んで遠くの上空で爆弾を落し、尊い人命を亡くした。

 ライト兄弟の発明した飛行機は、木のわくに布をはりつけただけの2枚の羽根にプロペラとエンジンをつけた飛行機の原理は、現在のジャンボ旅客機とかわっていない。
 ライト兄弟は飛行機の生みの親です。

 それまで、空気を温め気球で、グライダーで、鳥をまねして手に羽根をつけ羽ばたいた。そうした、一つ一つの命をかけた試みが飛行機の出現を促した。

  振り返ればもう3年もすぎるだろうか、ワクチンをいち早く世界中の運んでくれるのも飛行機であったし、人々のライト兄弟のチームワークの努力の賜物だ。

 最後に、誰かが言っていたが、歴史は試験のために「いつ、誰が、何を」を覚えることだけで役目が済んだ。

 歴史の裏に隠されている人のつながりの何かを知ることだし時の流れを読み取ることが歴史の役目だ。
 歴史は年号を覚える役目は終わった。
変化、変化、変化・・・はやい

  100年前のライト兄弟の発明がジャンボ旅客機、マッハの光の速さとアインシュタインとつながっていた。

 私の若い頃はものごとも深く知らなかった。ただ冒険心だけで生きて来た。古い事を知ることは、新しい事を知ることと最近わかった。