日本に生まれてよかった。寒い寒いと言っていたら、ポカポカさくら日和、富士の山とは30年ぶりにお目にかかったが、いいなあ!
 子供が連れてきてくれたが冥土のみやげのようだ。
 富士の山を眺めたり、桜を花を眺めたり、楽しみが盛り沢山だ。

菜の花のおひたし摘みも、田舎ものの妻が得意だ。
妻が都会の人と結婚したつもりが、まさか、おとぎの国の田舎者の私と結婚したと嘆く。
昔は良かった、昔はよかった。とご年配の口から耳にする。だったら、昔に戻ればと思うのだが進歩は許してくれない。進歩が常に影のようについてくる。

  今日の夜空を見たら、お月様が満月のように丸く見えた。

ところが、月の裏側の顔を見たことがないと言う。ということは私が生まれて71年間、見た月の顔は表側の顔で裏側を顔を見たことがない。
月は1回転するあいだに、地球に対して常に同じ面を向けて自転していることになる。
つまり、地球が一回転したら、月も一回転することになる。
隕石(いんせき)も地球から見える月の表側には、地球に守られているために隕石があまり衝突していないのに対し、守られていない裏側には、隕石が落ち無数のクレーターが残されている。それで裏側を見ようと月探査を始めたのだろう。

   お月様の顔が日本では「ウサギが餅をついている」、インドでは「ワニ」、中東では「ライオン」、ヨーロッパでは「カニ」、アメリカでは「女性の横顔」など、国によって見方が違う。

マザーテレサが その日も食べることができない親子にために持ち合わせの少しのお米を差し上げた。母親は、外に向かい、そのお米の半分を苦しんでいる別の親子に持って行った。
マザーテレサはその母親に聖母を見たようだ。

私は飼っていた愛犬が亡くなる一周間前にはお世話になった方々にあいさつ回りをし、何時間前には亡くなることを目で私に知らせた。

信じられないがお宅の子(愛犬)が来ていたと近所の方に教わった。人間でもない犬に慈悲を教わった。

古新聞の破って、松の木の枯葉の上に木を添えるとマッチに火をつけ、古新聞から火が木に燃え移り熱い炎にあたっているうちに白い泡を膨らましておいしいごはんができる。

 今は、出来上がる時間をセットしておけばすべて自動でごはんが出来上がり、忙しい昨今、別のことができる。

昔は良かった。と言ってもごはんが出来るまで火から離れられない。

   東京、大阪間、便利になり日帰りで仕事もでき便利になったが早くなった分、忙しくなった。
現在人は時間を有効に使って寸暇(スンカ)を生きている。頑張れ、頑張れと歌にもあるように頑張るしかないようだ。
   
「姥捨て山」(おばすてやま)の長野県の民話を思い出した。

私の田舎(和歌山)にも「ハイゼン婆婆―」という山があった。
昔は食べる物もなく、口減らしのために、こんなことがあったのだろう。こんな話、頭の片隅に置いていただければ幸いです。
こんな話らしい。
 「昔、年よりの大きらいな殿様がいて、「60さいになった年よりは山に捨(す)てると」というおふれを出しました。
殿様の命れいにはだれもさからえません。親も子も、その日がきたら山へ行くものとあきらめていました。ある日のこと、一人のわかい男が60さいになった母親をせおって山道を登っていきました。気がつくと、せなかの母親が「ポキッ、ポキッ」と木のえだをおっては道に捨てています。


男はふしぎに思いましたが、何も聞かずにそのまま歩きました。
年寄りは捨てるのは深い深い山おくです。男が母親をのこして一人帰るころには、あたりはもうまっ暗やみ。男は道にまよって母親のところへ引きかえしてきました。

息子のすがたを見た母親はしずかに言いました。「こんなこともあろうかと、とちゅうでえだをおってきた。それを目じるしにお帰り」。
子を思う親のやさしい心にふれた男は、殿様の命令にそむく覚悟を決め、母親を家につれて帰りました。

アメリカの脱脂粉乳で育った私は牛乳は貴重だ。ビンの紙のふたを4分の一にちぎってちびちび飲んでいた。

酪農業者が牛乳が余って、大量に処分していた。政府はミルクの処分どころか、乳牛を一頭につき、補助金を出して殺処分するという。
食品ロスも多く日本もほとんど輸入に頼っている。賞味期限も衛生の問題もあるだろうが、生産者には欠かせない。

未来は人間様も殺処分されるんじゃないかと警戒している。
 
 子らと見た。河口湖から初めて見た富士の山はよかった。