MTF夏美のブログ

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トランスジェンダーで産まれ、自認する性に近づけようと生活して居る記録です。

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年始〜年度末はその日暮しでほとんど遊んでいました。

予定を考えるのは、起床して身支度を整えながら決めてました。

なので、毎日外出して帰宅も深夜が多くなってました。

ある日、祖父の持病が悪化してしまい主治医の希望で私が付き添ってかかりつけの病院に通院しました。

主治医の診察が終わり、管理栄養士さんのアドバイスを私と祖父で聞きました。

翌日私は、スマフォを使って食材の主要栄養素が祖父に対して効果があるか思い付く限り全て調べました。

気がつくと果物と加工食品以外全て調べてました。 スキマ時間で調べていたので、完了したのはおよそ1週間かかってしまいました。1個食品を調べてはスマフォのメモ帳に入力してから次の食品を調べる、気が遠くなる無限ループ状態でした。

終わりが見えてきた時はフルマラソンを走った気分で、全て完了した時の達成感は大きかったです。

翌週から限られた予算内でメモを見ながら食材を購入して来て、毎日2食分調理して完成した料理をすぐ家族全員で食べる日々が始まりました。私が決めたルールですが肉、魚、野菜をローテーションしつつ、同日であっても前回の食事とメインの料理が同じにならないルールを自分で決めて2個の条件下で毎日調理しました。

私用が有っても極力毎食同時刻くらいで食事が出来る様に計算して、調理に必要な時間を逆算して帰宅したり工夫してました。

時にはインスタントの袋麺に野菜を加熱して添えたり、不定期でローテーション外のメニューになるように考えながらの調理でした。1品あたりの量も少し余る位で計算しながら調理していたのでとてつもなく大変でした。量に関しては祖父がうるさくて同じメニューを2食以上は食べない性格だったので、1回の食事で全て無くなる様に1人あたりの食事量を想像しながら調理しました。

まあ残っても少しなら、私が食べて毎食完食で残ってしまう事は月に数回でした。

まだ私はする事が有りました。食器洗いです。もちろん調理器具も。スポンジから油移りしない様に油が付いたのは最後に毎回洗いました。全て洗い終えると今度は洗った食器を拭いて乾燥する様にして、スポンジも出来る限り洗浄して次回に油移りしない様にして一旦終了です。スポンジは、3日に1回除菌を3週間間隔で新しいスポンジに交換してました。食器を拭くタオルは、毎週洗濯して毎月1回新品に交換しました。スポンジとタオルは百均です。

その生活を1ヶ月半、自からの意思で始め継続しました。

祖父のかかりつけ医の予約数週間前になりました。私は「予約日に採血がある」と祖父から聞いたので、しっかり基準内になる様にラストスパートを始めました。それは食材1個から見直して、カットの仕方、使用する部分、加熱方法まで調べました。

この時になると次の調理の準備をして、その後次の最適な調理方法を調べてリビングで少し休憩して入浴して就寝してました。

合計2ヶ月位、毎日無休で自から率先してやり遂げました。

祖父の通院前夜は、まだ不安があってあまり深い睡眠ではなかったと思います。

通院日当日、私が祖父に付き添って主治医の先生から検査結果を聞きました。

結果は、主治医の方も驚きの採血結果が46項目中3項目以外全て基準値内!(補足、主治医の方は10年近くの担当医です)

その他腹囲や体重も大幅な改善で、主治医が決めた目標にかなり近いところまで改善出来てました。

持病が悪化した通院時〜今回の予約日まで改善したのは「食事」だけです。後は全く変化なく祖父は生活しました。

私はこの時、嬉しさより食事療法の効果を実感してました。この時の経験が現在、私自身の食事で役立ってます。

季節は初夏に入り始めてました。私は2ヶ月間分のリフレッシュ期間を過ごしました。

毎日思いついた事をして、行ってみたい!と思ったら出来るかぎり行ってみる。生活が夏の終わりまで堪能しました。

あっと言う間に9月になりました。

その数週間後、次はひいばあちゃん(年齢93歳)が年齢的に不調になりました。

家族全員で通院しました。医師から告げられた事は「年齢的ににも病状的にも長くない」とのことでした。

ひいばあちゃん本人の意思を家族全員で尊重して、施設に入所ではなく住み慣れた自宅で暮らす事が決まりました。

数日後から私の「食事療法を試みてみました」1日でも長く一緒に生活出来る事を願って。

私が出来た事は、祖父に約2ヵ月間してあげた事を全く同じで再度開始しました。

でも私一人では一部不可能で、プラス私自身の身の回りの事も全て自分でしてました。

祖父の立場からすれば、自身の母親にも関わらず見て見ぬふり。ほとんど私のサポートをしてくれませんでした。

私の母親は家出状態でした。

流石に私も限界を感じて、市役所に相談しました。すると担当の方は、私の苦労状況から市内にある訪問介護事業所を紹介していただきました。数年前から何かの時使う為に介護保険証を持って居たので、この時初めて役立ちました。

数週間後ヘルパーさんが自宅訪問に来て、その場で話し合い契約書を書いて利用を決めました。

お願いしたのは、ひいばあちゃんの入浴補助です。

初回利用は10月半ばでした。私はヘルパーさんの利用時間中も家の中で毎回普段手がまわらない部分を掃除してました。

快適な状態にするため。

気がつくと日付けが年末でした。

そのままヘルパーさんの年末休業中も私は、毎日2食調理をして大掃除をしつつ私自身の事も自分でしました。

大晦日の夜まで極力助けてもらう事無く、自身の力で頑張った1年間を過ごしました。