本当にいろいろな講師にお目にかかるのが塾講師の面白いところ。端で見ている分には飽きないのでよいのですが、自分の部下として配置されると頭痛の種です。

短い間でしたが私が店長をしていた時に配属になった講師です。経歴は早稲田大学卒業(学部は忘れました。)卒業後は就職をせずにフリーターのようなことをしていたようです。年齢は28歳ぐらいだったかと記憶しています。

彼は初出勤の日に金髪で上下真っ白のスーツで現れました。やくざ映画に出てくる「あ、こいつこの後、撃たれるな」みたいな格好です。
うちの塾は華美な服装、染髪はNGのはずなんですが、一体どうしたのか聞いてみました。
すると、「いや、生徒に新人とばれないようにベテラン感を出すために、昔、習ってた予備校の先生の格好を参考にしてきました。ダメでしたか?」
話してみると根は真面目なようです。人事にも確認しましたが、面接の際には黒髪でリクルートスーツだったようなので、三万円をポケットマネーで渡し、紳士服の店に行き、吊るしのスーツを買ってくるように命じました。
今日、彼をデビューさせる授業は決まっていたので、教壇に立たせない訳にいかなかったのです。さすがに真っ白いスーツはまずい。ホントは髪も染め直させたいところなんですが、給湯室のシンクで染めさせるのも微妙だし、昨今はそういうのもパワハラにあたる可能性があるので、髪は次回までに黒に戻すように伝え、就業規則違反だから次回、そのままだったら勤務をさせられない旨を話、就業規則も一緒に確認しました。
なんども謝る彼の様子を見るとホントにベテラン感を出すために自分なりに考えてきたんだなという気持ちが伝わってきたので、真面目ないい子かもしれないなと思いました。

授業デビューの時間です。中2の下から二番目の学力層のクラスの数学を担当してもらいました。とっても心配だったので、私の授業の開始を事務に任せて、演習プリントの配布と演習中の監督をお願いし、私は20分、彼の授業の滑り出しを観察することにしました。

「はい、授業をはじめんぞ~」と言いつつ入室
はじめんぞ~という言い回しにベテラン感を出そうとしている感じが伝わりますが、ベテランではないのでなんとなくちぐはぐです。
「今日からおめぇらの数学を担当する◯◯だ。ヨロシクな。」バン!何故か教卓をたたく
えーと、グレートティーチャーですかね。




言葉遣いについてはイエローカード。
教卓を叩くは状況に理由ですよりますがイエローカードです。新人が初めての生徒にやる行為ではないので。

生徒は???状態で静まり返っているというか時間が硬直しています。

「まず、俺の自己紹介な。俺は中学時代は不良だった。暴走族「◯◯」って知ってるか?あそこに入ってた。」
ホントかどうかわからんがアウト。
自分から保護者の信用を失うような発言をするのは禁止。
「俺は勉強が全然できなかったからグレたわけだが、気合いいれて勉強したらできるようになった。①早稲田大学って知ってるか、一応有名な大学の1つに数えられている。そこに合格できた。だからみんなも気合い入れてやればできるようになるからな。一緒に頑張ろうぜ。ただ宿題忘れは②ボコにするんで、忘れんなよ。」

①アウト。多くの塾では先生の学歴は生徒に伝えない規則になってます。各大学とも少なからずアンチがいるので、支持政党を明かさない、応援している野球チームを明かさないといった顧客感情への配慮と同じです。
②言わなくてもお分かりですよね。アウトです。
ただ、勉強について自信を失っている生徒を引っ張っていこうという姿勢は◎です。

私はお利口さん講師や優等生講師、スマート講師よりこういう野暮ったい「生徒のためならぶっ倒れるまで仕事します」みたいな講師の方が好みにあっています。そう、嫌いじゃないんです。中学受験最大手のSさんで働いていたこともあるのですが、ここにはこういう野暮ったいのはいなかったとおもいます。たまたま、出会わなかっただけかもしれませんが。

いろいろとアウトなものがありましたが、まあまあ、授業が進み始めたので私は授業に戻りました。小学生の方が中学生より夜の授業は早く終わります。私は小学生の授業を終え、再びグレートティーチャーの授業の見学に戻ります。

まあ、大きな問題はなく授業は進行していそうな様子でした。基本演習を終え、問題の解説をしているようです。解説を教室の外で聞いていると、結構準備してきているなあと感じました。やはり根は真面目なタイプなのでしょう。
解説を終えると10分ぐらい時間が余っています。
「オメーらには無理だと思うけど、発展問題やってみっか。はい、始め」という台詞が聞こえてきました。
大大大アウトです。生徒の様子を見ると反抗的な目でグレートティーチャーを睨んでいるもの、やる気なくして時計をじっと見上げているもの、寝始めるものが現れています。

わかったよ。今回は俺が被ってやろう。
というわけで、教室に乱入。
「あのさ~、なにやってんの?◯◯先生は発展問題やれっていってるだから授業中は従いなさい。」と乱入。
「◯◯先生は君たちの成績を伸ばすために来てもらってるんだよ。発展問題は今の君たちには難しいとは思うけど、問題を経験した方が君たちのためになる、できなくてもいいからな、やってみよう」って意味で指示を出しているんだよ。さぁ、もうちょいだから頑張れ」
後方支援をしないと生徒が先生をムカついたまま返すことになるので、それは良くない。ということで乱入しました。

授業後にアウトな点について確認しましたがやはり、全て「ベテラン感」を演出するために自分なりにこれまで出会った先生やドラマの中での先生の言動を参考に考えてきたようです。

今は保護者の目が厳しい時代です。昔なら新人なんだなと許してもらえたことが許されません。新人講師が担当になるのを露骨に嫌がる保護者も多いです。誰にでも初めてはあるのにです。塾の離職率の高さにはこうした保護者の新人への厳しい姿勢が反映しているのかもしれません。本当に熱い先生は新人のときは凸凹しているものです。こうした凸凹講師を排斥するようになると、お利口さん講師ばかりが増えます。お利口さん講師は、生徒のためにぶっ倒れるまで働きません。仕事とプライベートをきっちり分けているので、お利口さんでいられるのです。このグレートティーチャーはその後、優秀な熱血講師に成長し、合格実績をバカバカと出すようになりました。
彼がベテラン感にこだわったのは、彼が塾に通ってた頃に母親が新人講師のダメ出しを家でさんざんしていた、医者の新人も病院にクレームを入れて担当を替えた等という話をよく聞かされていたからのようです。