どうも管理人です![]()
先週公言していた毎週投稿、第1弾でございます![]()
練習報告でない週の投稿なので、何を書こうか全然決まってないんですけど、まあ方向性は追々決まっていきましょう(笑)
(実はコロナ前後でつぶやき投稿はしていたんですが、心機一転始めるという感じです)
とりあえず、今回は僕の紹介でもしましょうかね~
生まれは山口県の福岡寄り(決して福岡県ではない
)
保育園の時からピアノを習い始め、高校で一旦卒業(辞めたわけではなく、形は変われど未だに続いています)
大学へは1浪して某Q大に入学
Q大学入学のきっかけは将来天文学者か教師になりたかったことと、高校の担任が推薦してくれたから
そんなこんなで福岡暮らしがスタート![]()
したはいいけど、入学前に参加した新入生歓迎イベントにて、某男声合唱団の勧誘を受け、当時福岡に知り合いのいなかった管理人は勧誘にホイホイ捕まる。他サークルの新歓には参加せずに入学2週間?くらいで入団
ここから僕の人生は大きく変わることになります
当時のサークル代表は1年の僕にとっては非常に大きな存在で、彼が「練習あるよ」と誘われると「休んではいけない」精神が働き、授業もサークル活動に合わせて組む始末。その最たるものが、2年生からの教員免許の授業
確か毎週水曜日の5限に箱崎キャンパスであっていたのだけど、練習は伊都キャンパスで18時半から
どうあがいても絶対に練習には間に合いません
当時、キャンパス間連絡バスというのが走っていて、これに乗れば無料でキャンパス移動ができてました。教員免許の授業を受けて遅れて参加することもできたけど、それでは連絡バスには乗れず、毎回地下鉄など身銭を切って行かないといけない。バイトもしていなかった学生にとっては大きな出費です
ということで、当時の管理人は教員免許の授業を取らずに練習に参加する道を選びます
この時点で、教師の道はなくなりました
そして、大きな転機は2年生でなった指揮者見習い
当時僕ともう一人いたんだけど、なんやかんやあって、2年生の間に彼は指揮者見習いを辞退します
となると、副指揮者、正指揮者ルートの可能性は僕に残されることに
その通りに正指揮者まで進み、大学卒業と共にお役御免になるかと思いきや、常任指揮者から音楽顧問を打診されます
一旦ここで話はコール・フェラインへ
僕は大学2年生のときに、横田さんがされていた当時のChor Solfa!(日曜午前中)に参加するようになり、そのまま午後のフェライン練習に少しずつ参加するようになりました
そして賛助出演の形で2~4年まで出演
僕が男声合唱団の音楽顧問になったタイミングで、確かフェラインの練習指揮者もするようになったのかな
いろんな人の影響を受けながらの大学生活でしたけど、音楽顧問も練習指揮者もきっかけの一つは荒谷先生との出会いですかね
男声合唱団の正指揮者(4年生)の定期演奏会で指揮した曲の初演が荒谷先生がされており、練習に一度先生が来られて僕の指揮を見ていただいたことがあります
フェラインでも、先生が福岡に来られた時にはお食事をご一緒させていただいたりして、先生の下棒という形でオペラ合唱曲集の練習を任されることになりました
さて、ここから僕の大学院生活が始まるわけですが・・・今回はここで一旦終わりにしたいと思います![]()
続きはまた再来週ということで
こんな僕の略歴、少しでも興味持ってくれた方は次回も覗いてみてくださいな~
あ、そうそう、こんなこと書いてるのでお分かりだと思いますが、僕は基本的には自分のことを人に話してから、相手との距離を縮めていくタイプの人間です
自分のことを隠して相手のことを知ることは出来ないと思っているからです
ということで、次回も僕のお話にお付き合いください(笑)
それでは![]()