日本一周6日めを振り返る | FC BLOOPS オフィシャルブログ

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毎週愛知県近郊でフットサルをしているチームのキャプテンのブログです。
フットサルに限らず、サッカー観戦、自転車ネタや最近ハマってる旅行ネタもUPしていきます‼
良かったら寛いでいってくださいね!


この日からボランティア。
朝6時に起きて松屋で朝めし。
降雨に備えてゴアテックスパーカーを持ちホテルにキーを預けた。

仙台駅で切符~代行バスはSuica対応していない~を買い、常磐線浜吉田行きに乗る。
昨秋は亘理までしか走っていなかった。
ということは、亘理からひと駅だけど、延びた。
車内は通学が多かった。1時間に1本しかない。寝坊したらみんなアウトなんだろうな。

仙台から南へ30分。亘理で降りる。
高校生の大半もここで降りた。

代行バス相馬行きに乗り換え。
次が浜吉田、その次が山下で僕の降りるところ。浜吉田は前回駅前だったけど、ちょっと違う場所に止まった。
山下は山元町役場敷地内だったが、変わっていたら、ボランティアと待ち合わせの役場までどうやって行くのかわからないので少し不安だった。

山下は変わっていなかった。
山元町役場敷地内に着く。
庁舎がブレハブになり、移動していた。でも社会福祉協議会の場所は変わっていなかった。ここの駐車場は広く、恐らくボランティアのクルマをとめてここから各ボランティア団体が迎えに来るのだろう。社会福祉協議会付近にはお迎えのボランティア団体の人がいた。

僕が申し込みしたボランティア団体はいなかった。ケータイに電話したが出なかった。昨日も念の為連絡したが出ずで不安が的中した形。
社会福祉協議会のひとを捕まえて状況を話した。
そうしたら、協議会からも連絡してみてくれるらしい。名古屋から来て手ぶらで帰れません、協議会の掃除でも何でもやりますと伝えた。

ボランティアの待合室に通された。
昨秋、ここでボランティアの受け付けをして着替えた記憶がある。

待っている間、社会福祉協議会の方に今の状況を聞くことができた。

いま、山元町ではボランティアはニーズは減ってきて社会福祉協議会では受け付けていない。

山元町は復興が早い方らしい。昨日の陸前高田はまだひどかった。
山元町はボランティア団体に連絡をとるようになっている。
それは知っていて、僕は団体に連絡した。
でも出なかった。
結果的に作業中に電話が入った。
お詫びされた。

だが、結果オーライだった。
というのも社会福祉協議会の方に紹介頂いた団体がすごくよかったから。
すぐに迎えに来てくれ畑直行。そこで着替えで桑の実畑の雑草処理。

この団体、ボランティアハウスがあり、昼ごはんやシャワーまである。民家をそのまま使っていたが、ボランティアにとって作業しやすい環境が魅力。

昼ごはん、僕はコンビニで買ったおにぎりを持っていった。畑で食べるつもりだったが、皆に誘われ、ハウスへ行くことにした。

なかなか知らない人たちとテーブルを囲んでメシを食うという機会はなかったので面白かった。

午後は除草液をまく作業。
畑の奥から撒こうと缶~エンジンオイル入れるようなやつ~を運ぶが重いのなんの。ポンプで液を汲み上げるのでノンビリはできなかった。早くしないと缶がいっぱいになる。
腰にくる。

それでも午後は15時前には終わる。
ボランティアハウスへ戻り足だけシャワーさせて頂いた。

そして団体代表の方が見せたいものがあるということで、中浜小学校を見せて頂いた。

海岸の近く。
校舎の屋上近くに付けられたプレート。津波がここまで来たのを示していた。
津波到達時刻で止まったままの時計。
ボロボロの校舎。
3回めのボランティアだが、この小学校は心に訴えてくるものがあった。
実は写真は撮っていないが山元自動車学校跡へも行った。が悲しいくらい何もなかった。

浜吉田まで送ってもらい、ボランティアをした学生のKさんと仙台まで出た。僕はロフトへ、彼はダイエーへ。握手してまた会いましょうと言って別れた。
ロフトではレターセットを買った。
一度ホテルへ戻り、新天地の社長に手紙を書いて仙台駅へ。

お土産を新天地と妹夫婦へ送った。
夕方で晩飯には少し早い。

仙台から広瀬通までひと駅、仙台地下鉄に乗った。この旅は大阪、神戸、福岡、東京、そして仙台の地下鉄に乗った。

広瀬通からホテルへ戻り、利休へ。牛タンを堪能した。

ホテルでも飲んだがあまり酔えなかった。中浜小学校をみたからだ。校長先生の起点ですぐに避難し、子どもたちは全員無事だったのが救いだが、それでもショックは大きかった。

これは現地でみてみないとわからない。ぜひみてほしい。

この日の1枚=中浜小学校の止まったままの時計です。
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