今季のFCバルセロナ。攻撃がいまいち噛み合わず以前とは違う印象を受けた方も多いと思いますが、今回はその点を分析してみたいと思います。

グアルディオラ体制になってからのプレーモデルの変移について一から触れると長くなってしまうのでそれは次回以降に回しますが、今季のバルセロナの一番の特徴は、

「中央突破にこだわり抜いた」

点にあります。


通常、サッカーでは守備を行うチームはゴールへの最短距離であるピッチ中央をまず最初に固め、その次に周辺のケアをします。そのため攻撃側はまずサイド攻撃に重点を置き、中央の攻めは守備側がサイドの守備に対応し中央の布陣が手薄になった際に行うのがセオリーです。これについては以前、

戦術:表裏論 ~最終ラインの崩し方~

http://ameblo.jp/fcb1988/entry-10703015378.html


で触れています。


しかし今季のバルセロナは敵チームが全員守備で中央を固めても中央突破を狙い続け、ある試合では大勝しある試合では勝利を逃すという不安定なシーズンを送りました。3-4-3システムやメッシが下がり目にプレーする「ファルソ9(見せかけのセンターフォワード)」の是非に触れる論評もありますが、それは今季のバルセロナの不安定なパフォーマンスの直接的な原因ではありません。

グアルディオラの真意がどこにあったのか?

これは本人が語らない限り知りようがありませんがバルセロナのここまでのプレーモデルの変移を見ると、グアルディオラは「未知のプレーモデル」に挑戦していたのではないでしょうか。

そのプレーモデルの根幹をなすのは「スペースの細分化」

スペースはピッチを網の目に区切って考えることができますが、選手のパス能力、ボールを止めるトラップ能力によって網の目が大きくも小さくもなります。グアルディオラが目指したのは一般には「閉じている」とされるスペースをバルセロナの選手の能力を持って「開いている」状態と考えることにあったのではないでしょうか。もしそれが常に可能になると敵が最終ラインに多くの選手を配置してもバルセロナの攻撃を止めることはできなくなる「究極の戦術」となります。

下図は一般的なサッカーの試合でのスペースの状況を表しています。1マスが1選手の守備範囲で、この状態では攻撃側のパスはカットされてしまいます。


スペインサッカー 監督と練習法



一方、バルセロナが速く正確なパスを駆使した場合、守備側の選手のカバーできる範囲(1マス)は小さくなります。

スペインサッカー 監督と練習法


またバルセロナはスペースを作る術に長けています。
下図は一例ですが9番が敵の4番を惹き付けスペースを空け、ボールを持っている8番は6番と壁パスを行い9番が作ったスペースを突きます。


スペインサッカー 監督と練習法



スペインサッカー 監督と練習法


これらのプレーを実現するには高いボールコントロール能力(パス&トラップ)と刻一刻と移り変わるスペースの開閉を把握する能力が選手に求められます。このプレーが可能になるとピッチの幅はペナルティエリアの幅があれば十分で、それ以上ゴールから遠ざかる理由はありません。

通常のチームであれば中央突破を試み続けるこのようなプレーモデルは実現不可能でリスクだけが高いものとなりますが、グアルディオラはクラブ史上最高の選手たちが揃った現在のバルセロナでこの未知の挑戦をしたのではないでしょうか。

結論からいうと今季のグアルディオラのこの挑戦は成就しませんでした。その要因を私は次のように考えます。


□ 難易度の高いパス

バルセロナの中央突破で多用されたパスは、

・スルーパス
・壁パス
・ループパス

でしたが9~10選手でエリア前を固める相手に対してスルーパスを出せるチャンスは少なく、最終ラインとキーパーの間の僅かなスペースにパスを出す必要がある壁パスとループパスはバルセロナの選手にとっても難易度の高いものでした。


□ 難易度の高いトラップ

上記の方法でスペースに送られるパスをトラップするのは容易ではありません。まず最終ラインとキーパーの間のスペースは僅かであり、トラップからシュートまでを素早く行わなければ守備陣に追いつかれカットされてしまいます。加えて、このラストパスはシューターの後方からくるものが多くトラップをより難しくさせました。


□ 選手間の実力差

この中央突破を試みる戦術では中盤の選手はパスを出すだけでなく最終ラインの裏に飛び出しゴールを決める任務も持っていましたが、選手によってそのクオリティに差があったのもこの戦術が未完に終わった要因でした。イニエスタやチャビはパスとシュートを高いレベルでこなせますが、彼らが欠場した時に代わりに出場した選手が同じプレーレベルを保てずにいたのです。


□ ピッチコンディションの影響

シーズンを通した戦いを考えると特にアウェーでは通常の消耗や冬の寒さでピッチコンディションが悪いことは当然予測できたことですが、前述の難点にさらにこの要因が加わると全選手のパスの質が低下するのは当然で、そうするとバルセロナは「ボールは支配するのにシュートまでたどり着けない」という非効率な状況に陥りました。


□ ボール喪失時の危機管理

ボール支配率において相手を圧倒するバルセロナはゴール前を固める相手チームを崩すために多くの選手が入れ替わり立ち替わりラインの裏に走り込む方針を取りましたが、この役とパス出しの役に多くの選手を割いたため最終ラインを1~2選手で守ることとなり前線に残る敵のフォワードにとっては1対1で勝てばシュートに持っていけるチャンスが多く、バルセロナは守備では高いリスクを負っていたといえます。特に多くの選手が攻撃に参加していたためパスの出し手が1対1などでボールを喪失した場合、危険なカウンターを受けました。一方のマドリードは4~6選手を対カウンター要員として後方に残すことが多くバルセロナとは対照的な方針を採っています。


今季のバルセロナの戦術は現時点では実現不可能なように思えます。しかしどんな強豪と対戦してもボールを支配し続ける現在のバルセロナのボールポゼッションも一昔前までは夢物語のような戦術だったのです。バルセロナがそれを実現した今、今季の「中央突破」にこだわった戦術が数年後に完成する可能性も否定できません。

個人的には「もう少しサイド攻撃を織り交ぜれば攻守のバランスが取れたのではないか」と思いますが、サッカーでは監督が定めた方針にチーム全員が従う必要があるので、「新しいプレーモデルを目指した」という点で今季のバルセロナの奮闘は評価されるべきだと思います。