今日は現代文の授業で百人一首やった。


ここ数週間の月曜日が、祝日や文化祭の振替で消えた為、他のクラスの授業コマ数が足りなくなり、

急遽、そのクラスに合わせて今日の一コマが百人一首になったのだ!!


中学三年間は毎年の学校行事として「百人一首大会」があったから頑張って覚えたりしたんだけど、

高校になってからは、そういった学校行事もないので、久し振りの百人一首。


でも中高一貫なので現代文教師も中学と変わらないし、

違うのはクラスに高校からの入学生(以下、高入生)がいることくらい。


高入生の中には「百人一首を中学時代に一度もやっていない」という人もいて、

そういう人は全然取れてなかった(当然か)。


34人のクラスを6分割して(その内二人は、昨日の自習で居眠りをした罰として読み手)、5~6人のチームで対戦。

俺は、5人チーム VS 6人チームのところで、5人チームに所属。

個人で19枚取って、チームとしては57枚。 (中学の時より多く取れた♪)

これを平均して勝敗を決めるのだが、こちらの方が枚数が多い上、人数も少ないので勝利。


試験期間中のいい息抜きになった。




そう、現在、試験期間(試験一週間前~)に突入しているのである。

来週の水曜日から。 初日に数学があるのだが、先生が数学の教科書を購入リストに入れ忘れ、

未だ誰も教科書を持ってすらいない状況で授業が進んでいる。


どうやら教科書は早くて試験前日(月曜日は祝日なので納品不可)、最悪の場合試験後に配布らしい。

流石に試験後に教科書っていうのは酷いなぁ……。

因みに、緊急処置として、教科書代は他の教材と一緒に引き落とし。




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三鷹の女子高生刺殺事件で逮捕された池永容疑者。

マスコミは彼の知人・友人などへの聞き込みをしているのだが、

どうもアンチアニオタ的な報道をしているようにしか思えない表現が多々見受けられる。

昔から世の中の風潮(その中でも取分け悪い意味で立役者的存在が報道機関)が、そういう方向。


そもそも、アニメと定義づけられる線画は、1930年代から存在しているし、

写真が発達するまでは専ら絵を書くことで、その時代の出来事を後世に伝えてきたのである。


各々の時代には、その絵を好む人もいただろう。

それなのに、すべてを犯罪や性的なコンテンツに結びつけるこの風潮は、

極論を言えば、「絵」の否定であり、「絵を好む人」の否定であり、それは歴史の否定でもある。

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オタクを嫌う風潮は元々ある(確かにある種の異端者だから分からなくもない)のだが、

人々にそれを植え付けさせたのは、この大谷氏である。 俺はこの人が大嫌いだ。

どうせJチャンネルにでも出て、今回の事件にも同じことを述べたのではないだろうか。

(忙しくてJチャンネルを見れる時間に帰宅はできなくなったが、どうせ……)


「第四の権力」という言葉が、本来、「マスコミには立法・行政・司法の三権を監視する使命がある」

という意味合いで言われ出した言葉だったはずなのだが、

「マスコミが現に持っている権力は立法・行政・司法の三権に並んでおり、警戒すべきものである」

という意味に用いられる場合も散見されるのは、やはりこういう行き過ぎた報道をしているからに他ならない。

(それどころか、報道機関が「俺達は第四の権力だから凄いんだぜ!何やっても許されるんだぜ!」と思ってそう)


表現の自由・知る権利がある以上、マスコミ批判や規制はできないのだが、

ある一定の層に所属する人々を傷つけていることに、マスコミは気付くべきだ。

そして、恐らくは気付いているから、今すぐ辞めるべきだ、うん。