昨日、一通のメールが届いた。

ウジョンカップ試合風景を写真を撮ってくださったフォトクリエイトの加藤さんからだった。多分「東北人のサッカ-魂」を覗いてメールをくれたと思う。

宮城県鹿折FCでサッカーをしている少年のお父さんからの手紙の内容だった。

「被災して家も服もスパイクも何もかも無くし、子供にとって背中に背負ったランドセルが唯一の持ち物になった。

しばらくは瓦礫だらけでサッカーをやる場所などあるはずがなく、避難所で1日にパンを一つもらって二つに割り、朝と夜の食事はそれを食べてしのいでいた。

しかし、ある日会った事もないのに、ただ同じサッカーを好きな子供達が被災して困っているというのを聞きつけた名古屋のチームからボールとスパイクが自分のいる避難所に届けられた。

それは使い古しのスパイクとボールであったが、子供にはあまりにも嬉しいプレゼントであり、当たり前のようにボールを蹴る毎日が始まった。

今回のウジョンカップもウジョンさんが被災地の真ん中でサッカーを続けている自分たちのチームに声をかけてくださって実現した大変思いでの大会だった。

自分たちが住んでいる気仙沼市鹿折地区は全てが燃えてしまい、残ったものは全て黒い灰になっていた。

自宅など流されて燃えて、何処にあるかも分からなかった。

もちろん、家族4世代分の写真など一枚も手元に戻ってこなかった。どれだけ写真の価値が大事なものか思い知った今、大阪には見に行けなくとも写真を手に入れることによって、息子の頑張り、悔しさ、全てが表情から読み取ることができた。

近いうちに親類の家を周り、自分の子供の頃の写真を探して今の息子の顔と比べて思い出に浸ってみたくなった」

*3年前、何も考えなく、ただ何かやらなあかん・・・それだけで突っ走った。正直、手紙を拝見して俺は幸せと思った。俺は日本と言う国に生きている。日本と言う国に生かさせてもらっている。このような気持ちで生活できる金は幸せ者です。