実は第12回ラモス瑠偉杯ウジョン2011後、ある大手新聞社から取材を受けた。取材をしてくれた記者から今日お手紙をいただいた。

取材は4時間でしたが、噛み合わなかった(笑)全て私に問題がある。「この質問、軽いとか、インタビューする人間を飛ばしてその奥を探るのが一流の記者や」とど素人の私が好きな事を喋りました。(笑)

正直、俺はテレビ放映、新聞記事どうでも言いと思っていました。今回のラモス杯ウジョンで何かを探せた。短期間で成果が上がった、そんな物でもない。普通に長く楽しく元気に笑って激しい大会にしなければならない。ラモスさんは最愛の妻を亡くして辛いのに「大阪の兄弟の約束は守る、福島の子供たちに会いに行きたい、天国で必ず初音ちゃんが見守っている」と話したラモスさん。80チームの選手、指導者2000人が一つになった開会式。今でも思い出すと涙が出る。

来年は宮城県、岩手県の少年サッカーチームを必ず招待する。この先、東北(福島、宮城、岩手)のサッカー少年たちに「大阪で会おう!」の合言葉が生まれるラモス杯ウジョンカップにしたい。

俺は今回、色んな人に勇気と元気と力と助けをもらった。その恩と義理は忘れない。俺には答えは出ている・・・

「金尚益様、前略

先日はご多忙な中、取材にご協力いただき ありがとうございます。お聞かせいただいた

内容を記事にまとめましたのでご覧いただければ幸いです。

福島の佐藤さんとも何度か話をして、厳しい現実を聞くにつけ、金さんをはじめとする

皆さんの支える力が被災地の復興には欠かせないと痛感するとともに、私も私の立場からできることをしなければとの思いを強めています。

また、お会いさせていただく機会もあろうかと存じますので、その際はよろしくお願い致します。

草々

2011年9月11日 ○○新聞 ○○○○

ただが少年サッカー、されども少年サッカー・・・