昨日、同級生から電話があった。高校は違うがサッカー仲間だ。

名前は西村昭宏。現日本サッカー協会技術委員長、現場育成の頭です。

「金、24日(水)何時頃舞州に行けばいい?」「昼から開会式あるからそれまでに・・・」委員長は底辺の少年サッカー大会。手弁当のラモス杯ウジョンに日本サッカー協会の立場で見に来てくれる。

大会に参加する監督、コーチたち喜ぶやろうなぁ・・・「俺たち現場の意見、底辺の少年サッカーを見てもらえる・・・」

「金、俺に30分、みんなに話せる時間あるのか?」「ない。80チーム開会式で行進するだけで30分、午後から試合がビッシリ詰まっている」「金、一日試合何試合するねん?」「4試合」「・・・」「ラモスさんの挨拶は流れに任す、西村の挨拶は一分だけや」

本当の西村委員長の考えを知っている。80チームの試合を見て、一人一人の監督に挨拶を兼ねて意見交換をするつもりだ。もちろん焼肉パーティーも参加する。

みんな地元に戻って「西村技術委員長と少年サッカーについて酒を飲んだ」と仲間たちに話だろう・・・私の個人的な意見ですが、なんぼ11人制、8人制俺たちだけで議論しても、各4種委員長が上に意見を述べても俺たち底辺の少年サッカーの実情は分からないし、理解が出来ない。上の上層部がやってきたからと言って全てが解決するものでもないと思う。でも同じ目線で話し合える、それでいいのではないか・・・西村はそれをやろうとしている男です。

もう一つ、舞州に来る理由が福島県のサッカー少年たちの応援です。

最後に西村の高校サッカー時代、試合中のエピソードを書いて終わります。

当時、大阪高校サッカーは北陽高校が一番強かった、全国強豪チーム。ゲームメーカーで主将をしていた西村は相手と接触して足首複雑骨折、足の裏が天井向いていた。ベンチから監督が駆け寄ってきた。西村は監督に「監督、すみません。チームに迷惑をおかけしました・・・」とみんなの士気が落ちないキャプテンシーを最後まで持ち続けた。

奴の精神力は普通ではない。その後、森ジャパン代表でもMFで活躍をする。

でも高校時代は西村より俺の方がサッカーは上手かった。

ラモス杯ウジョンまであと二日・・・