産後うつ①の続きです。
暗い上に、絵も無しです。
1、私の思考と父
私の父はとにかく、人に迷惑をかける(つまり自分が迷惑をかけられる)ことを嫌いました。
昔ながらの亭主関白志向で、男尊女卑。(これは、自分に自信がなかったからなのだと、今ならわかります。)
人にどう思われるのかが とにかく気になって、誰からも褒められ、羨ましがられる家族を、私たちに求めました。
旅行に行って、楽しくてはしゃげば怒られる。
落ち着けと怒鳴られ、思い通りにならなければキレる。
楽しく遊んでいれば、うるさいとテレビの音量を上げる。
舌打ちされれば、家族全員が凍りつきました。
私は次第に、こう思っていくのです。
「私たちは迷惑な存在なんだ…。」
=「子どもは迷惑に思われる存在なんだ」
私は、世間的にとても迷惑なのに、すごく愛おしい存在を産んでしまったのでした。
母乳をたくさん飲んで、一生懸命生きようとしている娘。
それが世間的に疎ましがられるなんて、本当に辛かった。
そして、私自身も父親そっくりの思考になっていきました。
子どもを産むまでは、全然子どもを受け入れられなかったし、なにしろ迷惑な存在なのだと認識していたからです。
ネットを見ても、子ども連れへの批判は後を絶ちません。
娘が迷惑がられるくらいなら、外出しない方がマシでした。
私にとっては可愛くて可愛くて、愛しい娘。
周りは彼女を可愛いとは思わない…。
かわいそう。かわいそう。。かわいそう。。。
街で優しく話しかけてくれる人にでさえ、
「可愛いなんて、本当はそんなこと思ってないくせに…」と思ってました
病的。
更に、父はよく「しつけがなってない」と言いました。「親の責任」とも言いました。
世間様の中でも良く聞きます。
子どもが騒いでも、親が焦ったり 努力してないのが問題だと。
世の中は子連れに優しくはなく、
もはや子どもを連れ歩くことは罪なのだとさえ、思いました。
2、母に対する思い
思えば昔から、私は家族が嫌な目に遭うのが耐えられませんでした。
(今も嫌ですが、脅迫的に嫌だった。)
特に母に対しては、異常な程に、悲しい思いをさせたくありませんでした。
父と母はよく喧嘩をし、1ヶ月口を利かないことなんてザラ。
今となっては呆れるだけですが、子どもの頃は本当にキツかったです。
両親が仲良しの時でも、いつまでこの状態が続くんだろう…と、幼心に思っていました。どうせまた、あの辛い日々はやってくる。
旅行は大嫌いだったけど、河原で家族で楽しく過ごした日、この幸せな時間は長くは続かないんだと、涙が込み上げて来た事は今でも忘れられません。
父に辛く当たられ、兄のことで悩み、
母はよく、隠れて泣いていました。
帰る実家もなく、子育ても独りで頑張ってきた母。
私は母を、絶対に悲しませたくありませんでした。
悪いことは絶対にせず、成績も良かった。私のことで心配は無いように。
私はいつも楽しく生きていて、悩みなんてあってはいけないのです。
母からの「子育てはどう?」の問に
必ず面白いエピソードを披露した後、
「子育てってすごく楽しい❗」と言っていました。そうあるべきだと思っていました。
続きます。