FBBブログ -7ページ目

FBBブログ

Thousands of candles can be lighted from a single candle, and the life of the candle will not be shortened. Happiness never decreases by being shared.

$FBBブログ


なんて書いたらいいか言葉が見つからない。

ただ、思うがまま書こうと思う。


一昨日の夜、ボランティア活動で帰郷していた私は、この写真の場所にいた。

原発から30キロ付近の町だ。

この町は友人や知人も住んでいたし、子供の頃から海水浴にはよくいった町だった。

真夜中に一人ここを歩いた。

友人の祖母の家が崩壊していた。

あたりは一面、瓦礫だった。

町は津波にのまれ、火災で焼失した。


生臭いような、鼻をつく強いにおいがしていた。

テレビで見るのとは、こんなに違うんだ。

画面の向こうの世界ではなく、現実に目の前に悲惨な光景広がっていた。

においも、音も、感触も、すべてがリアル。



言葉もないほど、重く、悲しかった。

月明かりのせいか、よけいに悲惨さを感じた。


本当に涙が出た。

何かに導かれるように、とぼとぼと海に向かって歩いていると、

ふっ…と、線香のにおいがした。


ものすごく生臭かった匂いが消え、

お線香のにおいがしたんだ。

こんな真夜中に、なんだろうかとあたりを見渡した。


お線香のにおいにのって、無念に亡くなった方達の声が聞こえた気がした。

私は手を合わせた。


足元に写真があった。

手に取ると幸せそうな家族の写真だった。運動会か何か。


あたりをよく見ると、瓦礫というのは

実際は、日常でよくみるものと泥が混ざり合ったものだった。


本や写真、衣類、ふとん、CD、食品、家具、家電、家の木材、車、部品、ゴミ、

そういったものが海水と土とでドロドロにごちゃ混ぜになって、流されて複雑に重なりあって散乱しているのだ。


当たり前だけど、人が生活していたんだということを強く感じさせた。

それが、いまやこんなになって。。

壊滅してしまったんだと改めて実感して、よけいに悲しくなった。


正直に言って、この瓦礫の中にたったら、

復興のふの字も思い描けない。

それほど絶望的な場所だった。


家族や友人、家や土地などの財産、仕事、いろいろなものを失った人たちにとって、

復興ということを思い描くことは、

たやすいことではないんだ。そう心底感じた。


重い…。

なんて重い…。

重すぎる。


希望が吹き飛んでしまう重圧がそこには確かにあった。


肩から首にかけて、どっと重くなったように感じた。


げっそりして、近くの友人宅へ帰った。

友人の母親に「どうだった?」

そう聞かれて「ショックだった。泣いた。」と答えた。


友人の母親は言った。

「よく見ておきなさい。これが現実なのよ。テレビではわからない現実なのよ。」


そう言った。


本当にそうだった。

現場の空気は、とても悲しいものだった。


次の日、その町から避難していた友人のばあちゃんと話した。


「ばあちゃん、昨日ばあちゃんの家みてきたよ。ばあちゃん、無事でよかったなあ。」


ばあちゃんは言った。

「家も食堂もアパートも全部なくなっちゃったけど、命あっただけほんとありがたいよ。」

って。

「んだね。命あってなんぼだね。でも、悲しいな。なんでかな。」

って私が言うと、

「悲しいね…、ほんとに悲しい。だけど、それでも命あっただけありがたいんだよ。」

ってばあちゃんは言った。

「そうだな、生きててなんもだもんな。」

私もまたそう言った。


結局、どうしていいかなんてわからないんだ。

これからどうなっていくのかなんて、答えはでない。


ただ、悲しいだけなんだ。



悲しみは笑顔の種だと言うけれど、本当にそうだといいな。


やがて、悲しさが薄れて、

少しずつ芽がでて、花が咲くんだろう。


その日まで、

悲しさを抱いて、一歩一歩生きていくしかない。


ゆっくりゆっくり、立ち直っていけばいい。

また、新しい道が自然に開けてくる。


今回の帰郷は、

肉体的にもめちゃめちゃ筋肉痛になったけど、

精神的にも痛みを伴うものだった。


今は悲しいけど、

きっと、最後にはよくなる。

きっと、希望は絶望を凌駕するんだ。


これからますます、日本が災厄に見舞われるかもしれない。

地殻変動に伴う災害、食料不足、電力不足、放射能汚染、経済危機。


しかし、どんなに悲しみがやってこようとも、

希望の火を決して消さないでいようと思う。

どんなにその炎が小さくなろうとも、

決して消してしまわないようにしようと思う。


最後にはきっとよくなると信じて。









PS:皆さん、もしものために災害時の備えは必ずしておいてください。
  これから先、正直何が起こるかわかりませんよ。
  きちんとリスクと向き合ってそれに対して備えておくべきです。
  それをしてこそ、これからの日々を安心して良い気持ちで過ごすことができると思います。
ヨウ素131、キセノン133、セシウム137の分散モデルです。

すでにご存知のとおり、我々が恐れなければならないのはもはや原発それ自体ではなく、風向きです。

http://www.weatheronline.co.uk/weather/news/fukushima?VAR=nilujapan131

いろいろいじって参考にしてみてください。

では。

追加

http://www.weatheronline.co.uk/weather/news/fukushima?VAR=zamg


追加

http://microsievert.net/


以下、

http://gyanko.seesaa.net/より日本語訳文を転載させていただきました。


日本のために祈ろう。

2011年3月11日、午後 2時46分。マグニチュード8.9(日本の計測史上最大、世界の記録で7番目の大きさ)の地震が日本を襲った。震源地は、東京からわずか373キロしか離れていない牡鹿半島の沿岸沖だった。

この動画では、2時32分に日本を襲った地震後、数時間~数日の間にTwitterで交わされたメッセージを選んで、紹介する。

こうしたメッセージには、大きな悲劇の中を生き抜こうとする日本の人々の魂が表現されていると私たちは感じる。

日本のために祈ろう。


■BBCによるレポートについて

本当に感動的した。泣きそうになったよ。
BBCが日本に最大級の賛辞を送った。
「最悪の惨事が、災害に最も備えがある国を襲った。日本と日本政府の強さが試されている。犠牲者は出たが、もしこれが日本ではない他国だったら、これほど適切な動きはできなかったろう。日本の人々は文化的に感情を抑制することができる人々だ」。

■今日の朝礼で、上司が「今、日本になにが起ころうとも、不安そうな顔はしないように。お客様に対するもてなしの気持ちを忘れず、お客様が快適に過ごせるようにしてください。なにが起こっても」って言った。感動したよ。一生懸命働こうと思う。さあ、開店だ!!

■地震が起こったとき、レストランで働いてた。店はほぼ満席。地震の後、お客を店の外に誘導した。客の大半は支払いをしないですぐに店から出るだろうって思ってたけど、ほとんどの人が戻ってきて、支払いをしてくれた。支払いができなかった人で、翌日になって支払いのために戻ってきてくれた人もいた。日本ってなんて美しい国なんだろう。

■渋滞が酷すぎた。信号が青に変わるたびに、進める車がたった1台だけなんてざら。でも、みんな本当に冷静だった。安全運転で、お互いに道を譲り合ってた。10時間運転してたけど、ありがとうのクラクション以外、一度もクラクションを聞かなかったよ。怖かったけど、心温まる体験だったし、日本をもっと好きになった。

■この経験で、私たちが本来もっていたものを再認識したし、本当の魂を取り戻せたよね。犯罪は1つも目にしていないし、あるのはお互いに助け合う人たちだけ。みんなが自ら進んで自分の職務を果たそうとしてる。……感動したよ。

■アルバイト先の同僚の1人が、東北の被災地の出身なんだ。上司がスタッフの一人に、「彼に今日は仕事にこなくていいからって伝えておいてくれ」って言ったんだけど、そいつは彼に「おい、今日は、店、閉店するって」って言ったんだ。その言い方にすっごく感動した。

■スーパーにて。

外国人が感動してたらしいよ。地震の後、日本人が、床に落ちた商品を拾って、きちんと棚に戻して並べて、それから自分たちが買ったものの支払いのために列に並んでたの見て。

■スーパーにて。

現時点で絶対に必要なもの以外は買わないようにして、みんながお互いを気遣ってたことに感動。良心に従った行動に涙が溢れた。

■コンビニにて。

昨晩、停電中に、駅近くのコンビニが自家発電で店を開いてた。レジの前は長蛇の列。そしたら、急に照明が切れて、真っ暗闇になった。発電機の燃料が切れたみたいだった。
みんな商品を元の棚に戻して、店から出てったよ。支払わないで出たところで誰も気づかない状況だったのに。

■コンビニにて。

ほとんどの店が停電で閉まってた。でも、1つだけ開いてる店があって、そこではロウソクで棚を照らしてた。レジが動かないから、1人目の店員が値札を読み上げて、2人目が電卓で合計金額を計算して、3人目が懐中電灯でその2人を照らすっていうやり方。3人組の2チームで仕事をしてたよ。すごくありがたかった。

■プラットフォームにて。

光が丘方面行きの大江戸線のプラットフォームからTwitterしてる。めちゃめちゃ混んでる。実際、プラットフォームに入れなくて、改札の外で待ってる人もたくさんいる。でも、ちゃんとしてるよ。歩いて間を抜けてく人たちのための隙間を作って、みんな駅員の指示に従ってる。完璧な秩序と冷静さ。こんな状況の中、シュールに思えるぐらい。こういう人たちのメンタルの強さに驚いてる。

■老婦人2人が電車の中で話してたことを漏れ聞いた。「警察が照明を消せって言ってるわね。十分な電力がないからって。でも、私たちは、国のために電気を消して暮らすことには慣れてるのよね。第二次世界大戦のときに比べれば、今回は米軍から爆弾が落ちてこないんですもの、安らかな気持ちで電気を消せるってものよね」。周りの人たちがちょっとの間、静まり返ったよ。私はほとんど泣きそうだった。

■自衛隊が救った人たちの数が今日までで1万人近い。すごい。福島の人と話したとき、彼らがどれだけすごいか聞かされたよ。本当に凄いんだ!背中に老人を2人背負って、両腕に1人ずつ。四人いっしょに運びながら走り回ってるって。しかも、すっごい簡単そうにやるんだって。食べる時間も寝る時間もろくにないのに、笑顔で全力を尽くしてる。

■電車がぜんぶ止まってた。駅で長い列に並んでたんだけど、疲れ切ってた。そしたら、ホームレスの男の人が僕のところにきて、ダンボールをくれたんだ。「これ、使え。体を温められるから」って。ものすごく感動した。


この動画についたコメントです↓。


評価の高いコメント

■力強い。心から感動したよ。仏教徒として、日本の人々の慈悲、思いやり、無私の心に感銘を受けた。世界中の人々がお互いをこんなふうに思いあうべきだと思った。(+15)

■動画を見て泣いた。本当に感動したし、勇気づけられた。ありがとう。(+9)

■世界中の人々にこの行動を学んでほしい。日本は、日の出ずる国である理由を証明したよね。

■日本の人々の品格が本当に素晴らしいよ。彼らは強いから、きっと自分たちの暮らしを立て直していくだろう。

■日系アメリカ人として思ったこと。日本には長い歴史がある。そして、日本社会はすでに幼年期を終えて、成熟期にあるんだって気づかされた。僕たちアメリカ人の社会はいまだに「自分優先」の反抗期だ。僕たちが成長するときなんだよ。

■本当に感動的だった。泣きに泣いた。こんな危機のとき、私たちだったらスーパーで必要以上に買いこんでしまうだろうなって思った。恥ずかしい限りだ。愛する人を亡くした人たちのために、祈りたい。

■日本の人たちが米国にきたら、僕たちの行儀の悪さや自分勝手さにびっくりして呆れ返ると思う、絶対。ハリケーン・カトリーナのとき、ニューオリンズの人々の態度が違ってたら、状況がどれだけ変わってたか想像してみて?自分さえよきゃいいって態度を控えて、もっともっと隣人を愛することができてたら、それだけですべてのことがまったく違ってたはずなんだよ。


■似たようなこと思った。アメリカ人だったら、食料をすべて手に入れるためには何でもやるだろうね。他の人の分を考えて、必要なものしか買わないなんてことはできない。悲しいことに事実だ。僕たちは、なんて無知なんだろう。お互いを思いあう日本の人たちを称えたい。

■なにがあって日本文化はこんなに一致団結してるんだろう。全員が、やってはいけないことを瞬く間に理解して、そういうことには近寄らない。やるべきことを認識して、一番早くて良い方法は何かを追求する。……しかも、静かに。

正直言って、アメリカ人として、オレはダメな人間だ。こんな災害の中でこんなまねはできない。助けられる人のことは助けて、できることはやれる人間ではありたいが、……ショックを受けて呆然としてるだけだろうな。

神々が彼らを祝福してくれる。そうして、世界が、彼らが傷を癒すのを助けるはずだ。

■ニューオリンズでカトリーナの後になにが起こったかって話だよなあ。こんなんじゃなかった!

■実に感動的な動画だったよ。ありがとう。

1990年代に4年近く日本に住んでた。この動画の中の出来事がすべて本当であることを僕が保証する。日本人は尊敬に値する人たちだ。信じられないほど親切で、無私の心をもってる。そして、こういう悲劇に対してもっとも備えがある人たちでもある。

今回の危機が他国に起こっていたら、もっと大変な損害と混乱を呼んでいただろう。彼らが必死で働き、今彼らの目の前にある多くの問題を乗り越えていくだろうって僕は確信してる。日本よ、キミのために祈ろう。

■災害の中、日本のすべての人がどんな行動をとっているのかを知って、とても心を動かされた。みなが冷静、暴動も混乱もない。世界の人たちがみんなこんなふうだったら、平和な世界になるだろうに。戦争も諍いもなく。

■僕は半分だけ日本人なんだ。この動画を見て、日本人の血が入っていることを前よりもっともっと誇りに思う。ありがとう。日本のために祈り続けさせてほしい。僕たちにできるやり方で助けたい。本当にありがとう、……美しい動画だったよ…。

■深く感動して、涙が出た。この素晴らしい日本人たちに神の恵みがありますよう。私たちもこんな人間でありたいよね。真の文明人だよ。祈りと願いを日本へ。

■危機の中で人間はどう助け合うべきなのかってことを、日本人が教えてくれてる。そこにある一人一人の品格、自立が素晴らしい。政府の手が追いつかないことに関して、日本人が不平を言うことすら想像できない。ハリケーン・カトリーナのとき、アメリカ人は不平を言うやついたのになあ。

■泣いた……。

■日本、大好きだ。同じことがここで起こったら、アメリカ人がどういう行動をとるのか考えると怖い。

■↑ニューオリンズがその答えだよ。……「怖い」なんてのは、一面しか描いていない言葉だ。ぴったりの言葉は、「恥知らず」だろうね!

■この動画を作ってくれてありがとう。……言葉がない。

■これが、私が日本を愛する理由。

■1967年から1972年まで日本に住んでた。国も人も大好きだった。誠実さについて、敬意について、個人のプライバシーについて、多くを学んだよ。危険を感じたことは一度もなかった。幼い弟といっしょに、いつだってどこにだって行けた。路面電車だとか電車、バス、フェリー、行って戻ってこれるとこならどんな遠くでも行ったもんさ。住んでた街をいろいろ巡って、楽しい経験をした。母親は僕たちの心配なんてまったくしてなかった。百万人が住む街で、僕たちはほんの子供だったのに。

私の「故郷」で起こったことを今、目にして、心が破けそうだよ。

■尊敬するよ。なんて美しく、尊敬に値する、誠意ある人たちなんだろう。

■日本には2度行った。大好き。どこの団体に寄付するのがいいか考えがまとまったら、津波の救助活動を支援する募金をしようと思ってた。これから長期間にわたって、お金が一番必要なものだからね。

でも、この動画があまりにも感動的すぎて、もう今日、募金することにした。友達と家族にも募金するように働きかけるつもり。

■ありがとう。本当に、ほんっとうに感動した。

■動画の中の画像が、落ち込むよ…。

■本当に感動的だし、はっとさせられる動画だった。みんなが見るべき。フラダンスのチームの一員として70年代に日本に行って以来、日本人と彼らの文化にはいつも驚かされてきた。あのとき日本に恋をして、もう日本に住もうとまで考えた。敬意、礼儀、そして謙遜の文化。大好きだよ。この危機に直面しても、彼らが自分たちを失っていないことに驚きはない。世界は、彼らから学ぶべきだね!
-------------------------------------------------



なんというか、言葉がでない。

これ見てたら

日本人で良かったって、

心から思った。


きっと、日本は大丈夫。

私達一人ひとりが、できることをしよう。

いつもどおり、

思いやりの気持ちを持って、

相手の立場にたって、

後ろ指差されるような行動なんかしないで、

この国のために、

この国の子供達のために、

正しい行動で、

正しい言動で、

勇気ある決断をもって、

できることをしようと思う。


世界の皆さんにも感謝しています。

救援隊を送ってくれて、物資や義援金を送ってくれて。

たくさんの人達が祈ってくれて。

ありがとう!!

まだまだ、被災地は厳しい状況にある。

私も一日でも多く現地に足を運んで、

ボランティア活動に参加してくるよ。

一人でも多くの人を、励ませたらいいな。
妹がきてから、掃除、洗濯、ご飯が完璧。。

なんじゃあ、こりゃあ!
なんだこれ、この快適さはなんだ!

こんなんでいいのか!

一人暮らしがもう十年近くなったもんだから、

誰かがやってくれることに慣れてなくて、えれぇビビるぜ。。

こうやって、男は徐々に甘えてしまい

「飯はまだか!」

と言うようになるのかなと思った(笑)