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Thousands of candles can be lighted from a single candle, and the life of the candle will not be shortened. Happiness never decreases by being shared.

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しばらく記事を書いていませんでしたが、ここ1ヶ月ほどで急速に世界の権力構造が変化してきたようです。水面下で。

今後、国際的金融犯罪でたくさんの逮捕者がでてくることになるのでしょう。何も知らない日本人はびっくりするんだろうなーと思います。

まあ、そんなことはやがて明らかになるだろうからいいとして、

実は私、先月久しぶりに病院にかかりました。去年から長い間、頭痛をかかえてきたのですが、放置しつづけ、かなりヤバくなったので病院にいきました。

脳神経外科というところでアレコレ脳を検査してもらいました。

結果的には、脳の奥に腫瘍がありました。
ですが、良性だろうということでとりあえず大丈夫なようです。もし、頭痛がひどくなるようなら詳細な検査をしましょうということです。

今の段階では腫瘍と頭痛の因果関係はわからないが、とりあえず腫瘍があるということは知っておいてくださいと言われました。

一瞬、自分の脳の画像をみて、なんかある…とドキっとしましたが、

すぐに冷静になりました。

私は今まで好き勝手に生きてきましたからね。いろんなことを自分勝手に犠牲にしてきました。

平穏や安定とは程遠い、スリリングな人生を生きることが好きで、変化を好み続けてきました。

自分の興味や勉強のために、変わった仕事もしたりしました。

周りからは、何を考えているのか理解出来ないと言われたことが何度もあります。

説明をしても、それが今のこのこととどう繋がるのか理解を得るのは難しい。

私にとっては一枚の絵のパーツなんですが、なかなか伝わらなかったりします。

それだけ、私は変わっているのかもしれません。

自分ではどうしようもなく、ただ「ごめんね」といつも思ってきました。

そんなふうに我が道を生きてきたので、ここで病気が発覚するという変化が起きても仕方ないのかなとも思ったのです。

脳の腫瘍を見たとき、一瞬でそんなふうに考えました。良性だろうということで良かったけど。

大きな病院で何時間も慣れない検査やらなんやらで行ったりきたりしたので、少し気疲れしてしまって、長椅子に座って休んでいました。

病院て、いろんな人がいるな~って。
ここで働いてる人達ってすごいなって思いました。

病院からの帰り道、妙に素直な自分がいて、何か自分は間違っていたのかもしれないなと思いました。

正しいとか間違いとかでなくても、もう一度自分をよく知る必要があるなと思いました。

自分自身の人生の意味をちゃんと考えようと思ったんです。そもそも人生に意味なんてないのかもしれないし、そんなものはもう見つからないのかもしれないけど、きっとそれを考えようとすることには意味があるんじゃないかなって。

それからは、頭痛があったということもあり、のんびりと過ごしています。ニート的な。

1ヶ月ほどのんびりしていると、頭痛も良くなってきました。ストレスってやつだったのかな。そんなものないと信じてたけど、まあいいか。

ふと、病院の帰りに好きな街を散歩したりしていると、幼稚園の子ども達が保母さんに引き連れられてワイワイ楽しそうに散歩していたり、

公園でおじいちゃんとおばあちゃんが仲良く話をしていたり、

そんな光景があることに気づいて、幸せな気持ちになったりするんですよ。

今まで、少なくともここ一年ちょっとの間は私にはそんなほのぼのした光景は見えてませんでした。

そういったことには盲目だったようです。

今月はまだ経過みるとかで病院にいかなきゃいけないけど、合間には実家で家族や友人と過ごす時間をとって、対話し、これからの人生について新しい絵を描いていきたいと思います。

道なくば道を作れっていうもんね。

不安や焦りがないと言ったら嘘だけど、きっとなんとかなるさ。





Android携帯からの投稿
日本では発売禁止となっていたの話題のドキュメンタリー映画「THRIVE」を見ました。

とても長いのですが、興味深く最後まで見ることができました。

映画の中の半分以上はすでに知っていることでしたが、よくまとめられていてわかりやすく、勉強になりました。

お時間があるときに観てみてはいかがですか。


そういえばこないだ、友人とちょっとした議論をしました。

世界は究極には「世界政府」へと向かうのか、「無政府」へと向かうのか、

どっちに進むべきかな?それともその中間がいいのかな?っていうことを話して、結局は答えは見出せませんでした。

ですが今日このTHRIVEをみて、そのときの答えのヒントを得られたような気がしました。


現在2012年、私達人類は古い価値観と新しい価値観のはざまにいるような気がします。

以前読んだ本で、「文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの」というのがありました。

それによると、崩壊した文明はどれも「捨て去るべき価値観と残すべき価値観の選択を誤った」というようなことが書いてあったと思います。

これは文明だけではなく、会社なんかでも同じだと思います。

私は、どんな組織もより大きなフィールドの中の一つだと思っています。

会社は国の一部、国は世界の一部、世界は地球の一部、地球は太陽系の一部、太陽系は銀河系の一部というように、

より大きなフィールドの中での一部分の存在だと思います。

なので、どんな組織であっても、独自性を持つ一方でより大きなフィールドの流れに沿っていく必要があると思っています。

その流れの中で「捨て去るべき価値観と残すべき価値観」というものを常に検討しながら、独自性を柔軟にチェンジさせていく必要があると思います。

これは、難しいことかもしれません。

もし捨て去るべき価値観が、その組織の独自性の根幹に関わることだったら?


今まで「正しい」と思っていたことが「正しくない」となる流れも当然あるわけです。

今までビジネスとして成り立っていたものが成り立たなくなったりします。


お金があれば実現できると思っていたことが、お金では実現できなくなったりします。


いろいろな変化が起こると思います。今は過去のものになる価値観と、未来に根付いていく価値観とが混ざり合っていてカオスになっていると思います。

だから、いろんな葛藤があり混乱もあると思います。

でも、唯一どんな時代になっても変わらないものは私達が人間であることだと思います。

すべての組織という枠を取り払って残るのは、私達一人ひとりの人間です。

「こんにちは」

世の中がどう変わろうとも、人間はその一言で新しく繋がれる生き物だと思います。

だから、今のようなカオスの時期にしておくことは、

人と積極的に繋がっていくことだと思います。


普通に社会で生きていくと、いつのまにか人間関係は狭くなってしまうものです。

会社の人間や、家族、何人かの友人、その中でだけの人間関係になってしまう。

しかし、自分が一歩踏み出せば、いろいろな人と繋がれます。

ボランティア活動に参加したりでもいいし、読書会でもいい。趣味の合う人と集ってもいい。

そうやって、人間関係を広くしていくことには何の損もありません。

私はそう思います。


さて、いろいろ長くなりましたが今日はバレンタインデーだったようです。

ん~、日頃の行いがいいからか、私には全く関係がないイベントとなりました。

普段の私の生活は女っ気が全くない。

独身の友人達と話すと、似たようなもんです。類は友を呼ぶってことか。

まいったな笑 ははは。
最近、ビジネスパーソンの間では読書会というのが流行っています。

とてもいいことだと思います。

本を読んで、アウトプットする。いろんな人とその本についての感想を述べ合う。

自分にはできなかった見方や受け取り方も発見できますし、

自分がその場をかりて本の内容をアウトプットすることで理解がぐっと深まる。

さらには、本という材料を通して簡単にコミュニケーションができる。

映画にいくような参加料金で気軽に行って、人脈を増やせるし、自己向上できるということで

いろんな雑誌にとりあげられて読書会は大人気だそうです。

私自身も自分で友人に声をかけて頻繁に読書会をやっているので、

本について話し合う時間というのを以前から大切にしています。

非常に有意義に時間を過ごせます。

みなさんにもお奨めです。読書会。

ちなみに、今日私が買ってきて帰りにドトールで読んだ本は

「Human ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか 」という本です。

閉店時間になってしまったので一気に最後までは読めませんでしたが、

これからじっくり読んでみます。

よければ読書会の題材に使いたいと思います。

では!

PS:私の使っている携帯を質問されたのでお答えします笑
  私はドコモのレグザフォンをつかっています。理由は「型落ちで安かったから。」という庶民的な  理由ですいません。

 
最近は、いろいろと動いております。

人にあって話し合う。

という時間がほとんどをしめております。

何かを設立するときとか立ち上げるときは、

「お金」の問題がまず第一にくるという人が多いかもしれませんが、それは間違いで、

何かを興すときに必要なのは、まず「人」です。


いろんな人を巻き込んだり、いろんな人の意見を聞いてみたり、

話あってみたり、

そういう時間をなるべく多くとる。


そして、寝てもさめても、それについて考えることに没頭する。

すると、道が開けていく。


はじめは、壁だとおもっていたところに壁がなくなっていくんだ。

人の力っていうのはすごいね。


お金や金融商品の価値は、これからどうなるかわからないけれど、

「人との繋がり」という価値は、時代がどうなろうと変わらないんだよね。
結局、ホテルに3泊してきました。

快適でした。ホテル暮らしをしている人はこういう感覚なんだな~と思いました。

たまには外泊もいいかもしれませんね。

さて、

話かわって最近読んだ本に面白いことが書いてありました。

人が最も恐れることは、「大勢の人前で話をすること」だそうです。

確かに一理あります。私もそうです。

小さい頃から、人前で話す場面ではとても緊張しました。


小学生のとき、私のクラスでは「帰りの会」のときに「一分間スピーチ」というものがありました。

毎日交代で一人ひとりまわってくるんです。

みんなの前にでて、とにかくなんでもいいから一分間話すというものでした。

私はこれが嫌で嫌でしかたがなかった。

なんでこんなことをしなくちゃいけないのかと思っていました。

しかし、不思議なもので一年が経つころにはむしろ楽しみになっていました。

人前で話をすることは楽しいこと。そういうふうに思えるようになっていたんです。


今でも、人前で話すときは緊張はしますよ。

心臓の鼓動が聞こえてくるほどに緊張します。

しかし、同時にワクワクもしているんです。


私は去年とあるスキルアップの勉強会に参加しまして、そこのカリキュラムの一つにスピーチ力を鍛えるというものがあったのですが、

これがまたスパルタでして、会場の全員をスタンディングオベーションさせるまで、
一人ひとり何回もやりなおしというものでした。

みんなが立ち上がって拍手をするスピーチ、そんなスピーチをした経験は私にはありませんので、

どうしたものかと思いました。

しかしまあ、幸いにも準備の時間を30分頂けましたので、冷静になって何を話そうかと考えることができました。


まず始めに考えたことは、「自分は何を話したいか」です。

つまりそれは、「何を伝えたいか」ということです。


私は目を閉じて、静かに、自分の潜在意識にアクセスしました。

心の奥の自分自身の叫びにスポットを当てるイメージです。


しばらくすると心の奥のほうに、鍵のかかった部屋を見つけました。

私はマスターキーを手に持ち、その部屋のドアをあけました。

すると、そこから猛烈な勢いで大量のイメージが飛び出してきました。


すべて震災のイメージでした。

原発の爆発直後に実家に妹を迎えにいったときに見た、無人の街と化した実家の光景、津波で崩壊した友人の祖母の家を見にいったときの壮絶な光景、瓦礫処理のボランティアのときに見た光景、

それらが、心の奥の鍵のかかった部屋へ押し込められていたのです。


私の潜在意識は「これを伝えろ」と、私の意識をそこへ案内したのでしょう。


私は自分の潜在意識に従い、それを伝えることを決めました。


次に考えたのは、情報の整理です。

話すということは、聞く人のことを考えて整理しなければなりません。


①自分の見た光景、
②そこで住む人達に聞いた生々しい話
③それらを受けて自分がどんなことを感じ、どう思ったか
④この悲惨な出来事から学んだ教訓と、今後の復興への課題
⑤愛する人達と過ごす時間を普段から大切にすること

そういった項目をメモしました。

あとは、その項目にそって話をするだけです。そこに感情を込め、リアルに、自分の心の叫びをのせるだけです。

準備時間が30分ですから、原稿をまるまる用意することなどできません。

このスピーチの真意は、完璧で綺麗なスピーチをすることではなく、

不恰好でもいい、人々の心に伝わる何かがあること。真剣さ、熱さ、必死さ、そういったもので人々の心を打つことだろうと思いました。

そう判断したので、私は文章については何も考えませんでした。

私の前に数名がチャレンジしていましたが、一人も合格できずにいました。



やがて私の番がきました。


私はそっとステージにたちました。


緊張はピークに達していました。


私は緊張にのまれるのを避けるため、

一度、会場の隅から隅までを見渡してこの空間のすべてを把握した後、

目を閉じて深い呼吸を一回しました。


緊張がわずかに落ち着いた隙に、私は静かに話を始めました。


そして精一杯の自分の心の声を、吐き出しました。

………

…………。


ときどき、会場の全員に目線を合わせるようにして話をしていると、

驚くことに、

話しをしている途中、一人、また一人とスタンディングしてくださり、

目に涙をためて話を聞いてくれている人たちがでてきました。



そして、スピーチが終わる頃には全員が立って真剣なまなざしで話をきいていてくれました。



「これで私のスピーチを終わります。ご静聴ありがとうございました。」


と言った瞬間、ワーっと歓声と拍手がまきおこり、

皆がどっと私の方へよってきてくれて、「とってもいいスピーチをありがとう」と握手やハグを求めてきてくださいました。



私の集中はそこで切れ、何が起きたのかわかりませんでしたが、どうやら自分のスピーチは成功したようだという安堵感でほっとし、自然と涙と笑みがごちゃまぜになりました。


とても嬉しい経験でした。終わってからも緊張して手は汗ばんでいましたが、伝えたかったことが伝わった嬉しさで満たされていました。


その後、他の皆さんもふっきれたようで、素晴らしいスピーチをし皆さん合格しました。

最後に先生が、

「毎回、全員が合格するまではこの倍以上の時間がかかって深夜になることもあるが、今回は皆さんとても優秀でしたね」

とお褒めの言葉を頂きました。よかった~。


今回は私の例をお話しましたが、誰にとっても

人前で話すことは、とっても緊張するものだと思います。

しかし、同時にそれは、とても心地のいいものでもあると思います。


失敗したっていいんです。恥をかいたっていいんです。

緊張して声がふるえたって、足がガクガクしたって、

自分が伝えたいことを一生懸命に、精一杯に伝える。


自分を飾らずに、大きく見せようとせずに、ありのままの自分のまま、

自分の知っている言葉で、自分の気持ちを一番のせられる言葉で話すことに徹する。


それでいいと思います。


人前で話すことを恐ろしいと感じている人は本当に多いと思います。

私もその一人ですが、もしもそういうお役を頂いたときには、

開き直って、思い切ってやってみるのもいいかと思います。

以上です。

今からドトールでお茶してきます。