私は一人で何かをするのが基本的に大丈夫な人なので、どこに行くにもふらっと一人で行ったり、どちらかというとあまり人と群れないで生きてきたほうなのかもしれない。
ただ、唯一ちょっと苦手なことだったことは、一人でご飯を食べること。
今となっては「おひとりさま」という言葉が出てきたぐらいなので、一人でご飯を食べることに自分自身もそうだし、周りもそれに対して何の抵抗もないが、ひと昔前は違った気がする。
もちろん一人でご飯を食べられなかったわけではないが、全ての場所でそれができていたわけでもないということだ。
でも今では一人でご飯を食べたり、飲んで帰る人もたくさんいるので、私も最近それがやっとできるようになった。笑
もちろんさっと食べて帰れるような場所に、まだ限定されているが。
でもぼーっと一人ご飯を食べながら考え事をしてみたり、外を眺めてみたり、一人だからこそできることがあるなと、何となくこの頃思うようになって、その部分が少し成長した気がしなくもない。笑
もちろん誰かと一緒に同じ時間を過ごすことも楽しいけれど、たまには一人で自分自身と向き合う時間があってもいいのではと思えるようになったのだ。
一人でも楽しいと思えるようになったことに、ちょっと感動する私だった。笑

ずっと継続的にやっていたことでも、時間が経ったり、あまりにもそのことをやっていないと、簡単に人間の記憶から抜け落ちてしまうということに改めて気づき、若干センチメンタルになっている。苦笑
できなかったことができるのはもちろん嬉しいことだが、できていたことができなくなってしまうというのは、なかなか自分が思っているよりショックが大きいものだ。
習慣的にやっていれば忘れないが、やらなくなった途端にできなくなってしまうのは、なかなか悲しいものである。
しかもできてた頃の感覚を取り戻すには意外と時間がかかったりして、その部分も辛い。
あくまでこれは私の持論だが、人間の脳は習慣的にやっていることはもちろん記憶には残っているが、やらなくなったこと、そして忘れたい記憶は、簡単に脳の中から失くしてしまうらしい。
実際に私は数十年楽器を幼い頃からやっていたが、ある時を境に全くやらなくなってしまった。
しかし楽器もあることだしせっかくならまたやってみようかと、この前とある楽団にお邪魔したのだが、もちろん昔のようにできるはずもなく、あまりのできなさにショックを受けてしまったので、お断りの連絡を入れたということがあった。
やっぱり忘れたくないことは、ずっと続けなければならないなと身を持って感じたのだった。