養うだけで教育しないのは、父母の過ちである | 浄空法師説法研究

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養不教,父母過 / 養うだけで教育しないのは、父母の過ちである
文摘--教育是安定的基礎(共一集) 2001/2/25 新加坡淨宗學會 檔名:21-101-01

  在中國傳統的理念中,在一個家庭,作父母的一定要知道兒女在想什麼、說些什麼、做些什麼。父母要是不知道,就沒有盡到父母的責任。如果他想錯、做錯了,你要想辦法教導他、糾正他,這叫家庭教育。作父母對於子女,不但要養育他,要教他,《三字經》講:「養不教,父之過」,父有過,母也有過,不能說是作母親的沒有過失。
中国伝統の理念では、一つの家庭において、父母は必ず子どもが何を考えているか、何を話しているか、何をしているかを知らなければなりません。もし知らないのであれば、父母の責任を果たしていません。もし子どもが思い違いをしたり、間違ったことをしたら、その子を教え導き、正さなければなりません。これが家庭教育です。父母は子どもに対して、養育するだけでなく、教えなければなりません。『三字経』には、「養不教,父之過」(養ひて教へざるは、父の過ちなり)と説かれています。父親にも母親にも過ちがあります。母親に過失がないとは言えません。

  中國古人講作君、作親、作師,我們每一個人都有這三個責任、任務。對兒女,你是他的父母親,你要養育他,要養他,要注重他的身體健康;你要教他,教他著重心理健康,他有正確的思想、正確的行為。所以,親跟師是一個關係,它不是分開的。
中国の古人は「君、親、師」(指導者となり、親となり、師となること)を重んじました。私たちには誰でもこの三つの責任、任務があります。子どもに対しては、あなたは父親・母親なのです。あなたは子どもを養育しなければなりません。養育するには、子どもの身体の健康に注意しなければなりません。子どもに教えるには、心の健康を重視しなければなりません。子どもに正しい考え方、正しい行いをさせることです。ですから「」と「」は一つの関係です。分けることはできません。

  在學校裡面,作老師的、作領導的,一定要知道學生每天想什麼、在做什麼、在說什麼,你才有辦法教。如果這些事情疏忽了,那你教的是什麼?完全死在書本裡頭,沒有用!他技術能力學會了,思想壞了,這是教育的徹底失敗。同理,領導一個國家、領導一個地方,我們這些人民、社會大眾在想什麼、他們說些什麼、他們幹些什麼,不能不清楚。了解之後,怎樣去誘導他、教導他、勸導他,這是教育。
学校の中では、教師をする人、指導する人は、必ず学生が毎日何を考えているか、何をしているか、何を話しているかを知らなければなりません。そうしてこそ教えることが出来ます。もしこれらを疎かにしていれば、あなたが教えるのは何でしょうか?完全に本の中に埋没して、役には立ちません!学生が技術的な能力を身につけて、考え方が悪いようなら、それは教育の完全なる失敗です。同じ道理で、国を指導し、ある地方を指導するなら、社会の大衆が何を考えているか、何を話しているか、何をしているのかを明らかにしなければなりません。理解した後で、どのように導き、教え、戒めるのか。これが教育です。

  所以,社會的治亂不是政治問題,政治解決不了;武力鎮壓也解決不了,因為它不是軍事問題;它也不是經濟、科技的問題,它是教育問題!《三字經》上頭一句話「苟不教,性乃遷」,你要是不教他,沒有一條正的路給他走,他一定會走偏、走邪。走偏、走邪之後,你再把他扭轉過來,難!所以在中國,古聖先王建立政權第一樁大事情就是教育,《禮記》講「建國君民,教學為先」,你要教他,所謂是「近朱者赤,近墨者」。
ですから社会の治乱は政治の問題ではありません。政治には解決できません。武力で鎮圧しても解決できません。なぜならそれは軍事問題ではなく、経済や科学の問題でもないからです。それは教育の問題です!『三字経』の最初の一句は、「苟不教,性乃遷」(苟(いやし)くも教へざれば、性乃ち遷(うつ)る)です。あなたが教えなければ、子どもに正しい道を歩ませることはできません。必ず片寄った道、邪な道に進みます。片寄った道、邪な道に進んだ後で、元に戻すのは難しいことです!ですから中国では、古の聖王が政権を築き上げてから、最初の一大事は教育でした。『礼記』には、「建国君民,教学為先」(国を建て民に君たるに、教学を先と為す)と説かれています。教えなければなりません。いわゆる、「朱に交われば赤くなる」です。

  現在國內、國外我遇到很多,作父母的、作老師的跟我說:「現在社會環境太壞了,家裡怎麼勸他,一走到學校、走到外面,就學壞了。」沒錯,你對兒女負不負責任?如果真負責任,為什麼不學孟母?歷史上記載「孟母三遷」,她為什麼要搬家,搬了三次?居住的環境不好,兒子學壞了。所以負責任的父母一定選擇居住環境,讓小孩培養良好的品。今天也有一些作父母的人想到,所以往外國移民,選擇好一點的居住環境。但是有沒有想到,你的兒女很小,到外國去,將來在那邊生活、讀書,長大了變成外國人,不是中國人,這是不是你的願望?是不是你希望你的兒女將來變成外國人,不作中國人?這裡頭問題多!因此,我們要懂得怎樣去改變環境。
現在国内外で、私はたくさんお会いしたのですが、保護者や教師が私に、「今の社会環境は悪すぎる。家でどのように教えても、学校に通い、外に出ると、悪いことを学んでしまう」と言います。その通りです。あなたは子どもに責任を負っているでしょうか?本当に責任を負うなら、どうして孟母に学ばないのでしょうか?歴史上の記載に「孟母三遷」があります。彼女はなぜ三度も引っ越しをしたのでしょうか?居住の環境が悪いと、子どもが真似をして悪くなるからです。ですから責任を担う保護者は、居住環境を選んで、子どもの良い品性を育成しなければなりません。今日ある保護者たちも考えて、外国に移住して、良い居住環境を選んでいます。しかしどうでしょうか、子どもが小さいうちに外国に行けば、将来はそこで生活し、学校に通います。大きくなると外国人になってしまいます。中国人ではありません。これがあなたの望むことなのでしょうか?あなたの子どもが将来外国人になって、中国人でなくなるのを望むのでしょうか?これは問題が多いです!このことから、私たちはどのように環境を変えるのかを理解しなければなりません。

  這個問題一定要從本身教起,本身要做子女的榜樣。在學校裡頭,老師要做學生的好樣子。國家政治真正上軌道,教學上軌道,各個階層的領導人都是人民的模範,這個國家怎麼會不強盛?怎麼會不興旺?所以歸根結柢總的來講,是教育問題。而教育一定是聖賢的教育,這個道理要懂。
この問題は必ず自分を教育することから始めなければなりません。自分が子どものお手本にならなければなりません。学校の中では、教師が学生の良いお手本にならなければなりません。国の政治が本当に軌道に乗り、教学が軌道に乗り、各界の指導者が皆人々の模範になるなら、この国が繁栄しないことがあるでしょうか?盛んにならないことがあるでしょうか?ですから結局のところ総じて言えば、教育の問題なのです。それも教育は必ず聖賢の教育でなければなりません。この道理を理解しなければなりません。