2/8の木曜日。

 

今日は仕事を終えたその足で、家に帰らずにボランティアセンターへ直行。

 

月に何度かは、こうして家族で夕方からのボランティアに身を投じることがある。

 

嫁ちゃんはちび(8)を車に乗せて家から、俺と娘は自分の職場から、一斉にボランティアセンターに集まり、ちょっとした作業をする。

 

こういうことを「自分の利益にならない無駄な行い」と呼ぶ連中もいるが、彼らは、日々、結果の見えないことを少しずつ積んでいくことが人生そのものであることをわかっていない。

 

だからああいう連中の戯言は無視して、微力ながら活動をしている。

 

 

 

 

 

帰りの車の中で。

 

嫁ちゃん「そういえばな、今日、娘が職場で泣いたんやて」

 

俺「ほう。珍しい。何があった?」

 

嫁ちゃん「まあ聞いてやってくれ」

 

娘の話によると、今日は外の組織に呼ばれた大切な会議があったのだが、その会議を意図せずにバックレたらしい。

 

で、先方から電話が掛かってきて真っ青になり、上長に報告に行って説明をしているうちに、自分のミスが情けなくて泣いたと。

 

聞いてみれば、先方からの会議の情報文書が手元に届いていなかったらしく、そもそも娘は今日外部で会議があることを知らなかったらしい。

 

俺「だったらお前は悪くないじゃんか。なんで泣く必要がある?」

 

娘(19)「だって、ミスしたのは事実だから」

 

俺「それはお前のミスじゃないだろ。情報をよこさなかった先方が悪い」

 

娘(19)「でも、案内が来ていたのかもしれない。それを私が見落としたのかもしれない」

 

俺「そんなのはお前の思い込みだ。それに、それはそれで、会議に出られなかったこととは別の問題だ」

 

娘(19)「……」

 

俺「予定されていた会議に出なかったのは、謝罪すべきだ。だが、それとはまったく別の問題として、お前が会議の案内を見ていないという事実は伝えるべきだ。上司は何て言ってんだ?」

 

娘(19)「上の人も、誰も会議があるって知らなかった……」

 

俺「じゃあ気にする必要はない。とりあえず会議不参加の件は詫びるとして、情報が回ってこなかったというトラブルは別に報告を上げておけ。しっかし、そんな泣くようなことじゃねえだろうが」

 

娘(19)「ミスすると悲しくなるんだよ。自分が低能だと思えて」

 

俺「ほー。んじゃ、ミスをしない人間がいるとでも?」

 

娘(19)「……」

 

俺「なら今、たまたま思い出したとうちゃんのミスを話してやる。他にもいろいろあるが、これが真っ先に頭の中に蘇ったから」

 

 

 

 

 

 

 

俺「俺が社会人一年目の時、ある団体から俺の直属の上司にセミナー講師のオファーがあった。その団体は、俺の上司と懇意にしている仲で、営業活動とは別に切り分けて、よく無償で講演をしに行っている団体だった」

 

娘(19)「……」

 

俺「先方の偉い人から『何月何日の何時に〇〇さんに喋ってもらいたいので、伝えておいてくださいね』と電話を受け、その時は『かしこまりました』と承った俺は、そのことを見事に忘れて、当日まで上司に伝えなかった」

 

娘(19)「……」

 

俺「セミナー当日に電話があって、『〇〇さんが来られていないんですが』と言われた俺は真っ青になった。だって、その時、上司の〇〇さんは、俺の隣のデスクで愛妻弁当を食ってたんだから」

 

娘(19)「あちゃー」

 

俺「その後の展開は想像できるだろ? だが、上司は俺を叱らなかった。静かに弁当を食い終わると……あ、もちろん電話で先方に詫びを入れた後だけど、俺に向かって言った。『この件に関して、君はどう思う?』と」

 

娘(19)「ひー」

 

俺「上司の顔もつぶれ、先方の偉い人の顔もつぶれ、うちの会社の看板にも、先方の団体の看板にも泥が塗られ、何よりもセミナーを楽しみに集まってきたお客さんにどう対応したのか……それを想像すると恐ろしい」

 

娘(19)「そうだねえ。かなりの人数を巻き込んで迷惑をかけたんだし、私ひとりが会議に出なかったレベルとは違うね」
 

俺「そうだ。だからお前のなんか、かすり傷だ。俺のクリティカルヒットと比べたら傷のうちに入らん」

 

娘(19)「確かに。聞いていて思ったけど、私、大したミスしてないじゃん」

 

俺「お前のはミスじゃない。俺のはミスだが」

 

嫁ちゃん「それ聞いて思い出したで!」

 

 

 

 

 

嫁ちゃん「うちもな、働いてた時、やらかした」

 

娘(19)「ママも?」

 

嫁ちゃん「おお。ある時、有名な企業を集めて懇親会をしようとしたんよ。で、連絡係に任されてな、多くの企業に電話を入れて案内をしたんじゃが」

 

俺「……」

 

嫁ちゃん「なんと、うちは、その業界で一番忘れてはいけない、まさに業界の雄である企業の担当に電話を入れるのを忘れとったんや」

 

俺「それは……やばい……」

 

嫁ちゃん「古今東西の探偵フェアをやるとして、クリスティのポアロやミスマープルをはじめ、ポオのデュパンや、日本の金田一耕助に連絡を入れたのに、うちの大大大大好きなホームズに電話をかけ忘れたようなもんや! ああああ!」

 

嫁ちゃんはシャーロックホームズが大好きである。

 

本もDVDも全部持っている。

 

ホームズ命なのである。

 

なのに、その本命に電話をしなかったのである。

 

そりゃダメだわ。

 

娘(19)「今で言うなら、野球選手を集めたイベントをやるのに大谷を呼ばないようなものかなー。一昔前ならイチローだけ呼び忘れた感じ?」

 

嫁ちゃん「せや。他の二流どころには全員声掛けをして参加をお願いしているのに、その業界のトップだけがつんぼ桟敷に置かれたわけや。ありえん話やろ?」

 

俺「うん。それはありえん。めちゃくちゃヤバい」

 

ソフトウェア業界でいえば、GAMFAの中でアップル(lastA)を呼ばずにアマゾン(secondA)とメタ(元FacebookなのでF)とグーグル(G)とマイクロソフト(M)で業界会議をやるようなものか。

 

いや、むしろアップルは呼ばずに済ませる方が精神衛生上いい。仲間外れにするんだったら落ち目のメタも呼ばなくていいが、個人的にはマイクロソフトとアマゾンとグーグルも呼びたくない。(それじゃ誰が参加するんだよ>自分)

 

「ガイア、オルテガ、マッシュ! ジェットストリームアタックだ!」状態。

 

 

ⓒバンダイナムコⓒ創通エージェンシーⓒサンライズ

 

 

 

嫁ちゃん「というわけで、かあちゃんもやらかしとるから、安心しろ」

 

娘(19)「うーん。パパやママのに比べると、私のはかすり傷ですらないかも」

 

俺「そうだよ。お前のやつは、そもそも傷になってない。被弾してない。『当たらなければどうということはない』ってやつだ」

 

ⓒバンダイナムコⓒ創通エージェンシーⓒサンライズ

 

嫁ちゃん「ちなみにな、ちびも今日、やらかしとる」

 

娘(19)「何をしたの?」

 

ちび(8)「んとね、あさ、がっこうで、アレルギーのちょうさひょうを、出すのをわすれちゃったの」

 

俺「ほう」

 

ちび(8)「でね、帰りの会の時に、ランドセルに入ってるのに気づいて、せんせいに出したの。そうしたら『朝、集めてたんだけどなあ』って言われた」

 

俺「ぶわっはっは! それは先生は嫌がるぞ! 昼休みに集計したはずなのに後から追加で出てくるのは、すごく困るんだ」

 

ちび(8)「そうみたい」

 

嫁ちゃん「まあ、そういうわけで、みんなやらかしとるってこった。記憶の彼方に消えとるだけで、パパもうちも、もっともっとやらかしとるで。それが人生の軌跡であり、成長の証や」

 

俺「まあ、そういうことだ。ミスせずに成長できるわけがない。過ちを犯さなければ理解できないこともある。失敗しなければ自省する機会も得られない」

 

嫁ちゃん「そうやで。やから心配せんでええ。次は同じミスをしなければええだけのこっちゃ」

 

俺「ただ、お前のもとに会議の情報が来なかった原因については、ちゃんと報告して調べてもらった方がいいかもな。そのシステムの不備を修正するために、今回のようなことが起きたとも考えられる」

 

娘(19)「わかった。そうする」

 

ミスすることを恐れる若者は、成長できない。

 

ミスしなければ、成功への道筋は見つからないからだ。

 

そうやって自分を着飾り、ミスをしない綺麗な自分に酔いしれ、そのくせ中身は空っぽ、人に批判されることを極度に恐れるだけのチキン野郎がいい年になった時、果たしてどれだけのことを社会に対して為せるのだろうか?

 

人として、どれだけ信頼の足る人間になれるのだろうか?

 

今の世においては、親にさえ叱られないまま体だけ大人に育った脳みそはガキのままの人間ばかりが目立つ。

 

港区女子、婚活BBA、チー牛、弱男、似非フェミ、似非人権主義者、誰かとつながりたいハッシュだらけのキチガイなど、何とかミスをせずに生きようとして頓挫したか、犯したミスをリカバリーせずにその場から逃げ出した連中の成れの果てである。

 

自ら転んで痛みを知ることの大切さを、今の世に改めて問うべきだと思う。

 

それが他人への思いやりの醸成にもつながるのだから。