日曜日。

午前中はボランティアセンターに行き、午後は家でゆっくりしていると嫁ちゃんが。

嫁「あんた、余力があったらでええんやけど、お歳暮の発注をお願いできんか」

俺「いいよ。そういえば、そろそろそんな時期だな」

職場でお世話になっている人達に、夏は干物、冬はかまぼこを送っている。

お世話になっているという言い方は自分勝手な言い草であり、もっとはっきり言えば「俺の尻ぬぐいをしてもらっている」「代わりに泥をかぶってもらっている」というべき、有難い皆様である。

俺「今年も〇〇のかまぼこでいいんだよな」

嫁「せやな。あそこが一番うまい。値は張るが、気は心やし、お世話になったことを考えたら数千円アップなぞ安いもんじゃ」

俺「確かに」

言いながらネットショップにアクセスし、お歳暮の熨斗をつけて発注。

嫁「そういえばな」

俺「ん?」

嫁「かまぼこは、高くなるほど固くなるって知っとるか?」

俺「そうなのか?」

嫁「うちがこっちへ嫁に来た時、かまぼこ屋をいくつも回ったんじゃが、そこで店の人に教えてもらったんや。固いという表現はちと語弊があるが、ま、ようは歯応えがきつくなるんじゃ」

俺「たしかにね。〇〇のかまぼこはぷりぷりしてて、弾力がすごいもんね」

嫁「安物のかまぼこは水っぽくて、ふにゃふにゃと柔らかい。そりゃそうや。塩ずりした後の水のばしを徹底的に行うことで、原価を下げとるんやから」

俺「水のばしって?」

嫁「うちも本職やないから詳しくは語れんが、聞いた話やと、いろんな添加物やら調味料やらを混ぜる工程らしい。水を加えてすり身を希釈するのも、ここでやる」

俺「なるほど。だから水で薄めすぎると、かまぼこ自体が水っぽくなるんだ」

嫁「そうや。だが、都会もんには人気があるそうやで。▽▽のかまぼことか」

俺「えー? あれが人気あるの? あんな水っぽくてまずいのが?」

嫁「▽▽のかまぼこは有名やし、テレビでも時々言うとるよ。しかしあれをうまいと言ってしもうたら、〇〇のかまぼこはどうなるんやろ」

俺「うーむ、両方食べたことがあるだけに理解できるが、あれは……うまくないよ。ほんとに」

嫁「かまぼこ屋が言うとったのは、本当にすり身の多い、上質で高いかまぼこを送ると『固くて食えん』なんちゅー文句を言うんやと。連中にしてみりゃ、柔らかけりゃいいんちゃうやろか。ま、舌バカやな」

俺「それ、ほんと?」

嫁「さあ、知らん。だがその職人さんは言うとった。『そういう人には安物の水っぽいかまぼこを送るとよい。そうすると大層喜んでくれる』と」

俺「あはは! そりゃ面白い」

嫁「高いかまぼこほど弾力に富む。安いかまぼこは柔らかくて水っぽい。これは覚えておくとええで」

俺「さすが嫁ちゃん。詳しいなー」

嫁「舌バカでええことなんか何もあらへん。うまいものをおいしいと思って食える身に感謝してこその人生ちゃうやろか」

俺「まあ……そこまで壮大な話とは思えないけど」




うちがコストコで買い物をする理由のひとつに、商品の質が良いことがあげられる。

アメリカの安全基準に従った食料品を売っているため、日本の農水省のようなデタラメな農薬基準を通過させて市場に出すようなことはしない。

聞いた話だが、日本の農産物の残留農薬基準は世界のどこと比べても緩いらしい。

オリンピックの選手団が来日した時、日本の野菜は危なくて食べる気がしないからと、自国から空輸したなんてニュースも見た気がする。

そして、それ以上に、大学で農学を学んでいた俺は、この国の農水省がとことんまで腐り切っていることも知っている。

だから下手な国産よりも、アメリカ産の野菜や穀物の方が体に悪い影響を与えにくいという逆転現象が起きていることも知っている。

いや。

そんな屁理屈はどうでもいい。

食べてみれば一発でわかる。

一般スーパーの国産野菜や肉と比較すると、コストコの食材は味が全然違うのだ。

納豆でさえ違うのは笑える。同じ有機育ちなのに、豆がね。もうね。

それから、特に肉と魚が違う。あと牡蠣も。

一度あそこの肉を買って食べてしまったら、近所のスーパーで肉を買う気が5000%失せる。

塩と胡椒だけで十分に味が出る肉なんて、そうそうお目に掛かれるとは思えない。

焼き肉のタレというものは、どうしても喉を通らないまずい肉を何とか食べるために開発されたものだと、今では信じて疑わない。(だからうちでは一切使ってない)

ブラインドテイスティングも散々やられたため、今ではたいていの食材の良し悪しはわかる。

嫁「どっちがうまい?」

俺「こっち」

嫁「ほっほー。当たりや。そっちのが高くていいやつや」

これはある意味不幸である。

舌バカだった時のほうが、夢があった。

今はどこの外食に行ったって、おいしいものにはなかなか出会えないことを知ってしまった。

築地の回らない寿司屋がいつでも誰にでも最高のネタを提供してくれるわけではないことも、大人の事情を学んで知った。

だからできる限り外食はしない。

金も無駄になるし、それほどうまいとも思えない飯をいただくなら、自分達でそれなりに満足できる食材を調達して調理した方が幸せ度は高いから。

ま、そんな主張はどうでもいい。



俺「それじゃ、〇〇のかまぼこだけど、うちの分は何個買う?」

嫁「あかん」

俺「えっ! 何で!?」

嫁「あんたは正月にかまぼこ食わな死ぬんか?」

俺「えええ! この話の流れで行くなら『高いかまぼこを喜んで食べましょう』っていう流れじゃないの!?」

嫁「1本1,000円もする高級かまぼこを、送り物でもない自家消費にそうそう買えると思わんでくれや!」

俺「そ、それは……」

嫁「あんたの給料も止まって早三か月! 傷病手当金もまだ下りん! この状況下でかまぼこなんか食べとる余裕がどこにある!?」

俺「……」

嫁「ちゅうわけで、今年はかまぼこはパスじゃ。代わりにカズノコ抜きの松前漬けをたんと食わせたるから、堪忍せえ」

俺「……」

嫁「それにあんた、かまぼこみたいな練り物やカズノコみたいな粒物は、透析患者は食ったらあかん言われとったやろ? それとも何か? 水っぽい▽▽のかまぼこでもええっちゅうのか? 今年の正月はいつものようには行かんことは理解せえよ」

俺「……」

これって全部、あの書類の遅いバカドクターが悪いってことだよね!