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思えば国語が得意ではなかった。特に"説明文"という種のものは特にそうだった。そのようだったらしい。というのも、人からそう指摘されていたからだ。そう言われていたから"そう"だと言えるのだろうか、と今にしてやっとあらゆる"そう"を俯瞰することができるが、これがわたしを形成する上での要のようなものだと思っている。

わたしにはいつも混沌とした、漠然とした、煙々しい、陰鬱と錯乱と狂気と焦燥と感傷とまどろみと強欲な怒りと昇天の限りない切れ端のようなものが散漫し鬱蒼と充満している。

「わたしには」と言うのは少しおかしいかもしれないけれど、「わたしの心は」でも、「わたしの頭の中は」でもないのである。
ここはどうしても「わたしには」が正しいのだ。

それらを早く言ってしまいたい。そうして早く逃れたい。早く終らせてしまいたいの。

やり遂げるだの、整頓するだの、ひとつひとつだの、順を追ってだの、そんな規則正しさや清々しさ、道理や弁えなど構っていられないのだ。正当化じゃない、負け惜しみじゃない、言い訳じゃない、屁理屈じゃない、そんなもの所詮、見栄えの良さにしか匹敵しないじゃないか…。おまえのそれの方が自己満足じゃないか…!

わたしは全てに余すこと無く理由はあっても全てに意味を見出すのは阿呆共のやる自己満足とおしゃべりの腐った無価値な美学だと思う。それこそ、『彼等がその何々主義者になったのには、何やら必ず一つの転機というものがある。そうしてその転機は、たいていドラマチックである。感激的である。私にはそれが嘘のような気がしてならないのである。信じたいとあがいても、私の感覚が承知しないのである。実際、あのドラマチックな転機には閉口するのである。鳥肌立つ思いなのである。下手なこじつけに過ぎないような気がするのである。』だ…!恥を知れ…!おまえ恥ずかしいぞ…!

わたしは脱線の渦の中で一生をやり過ごすのだろうと思っている。
なぜなら「国語」が得意ではないからだ。そうして"説明文"という種のものを特に苦手としていることを指摘され、それをそのまま当たり前に受け入れ、それをもう随分長い年月が過ぎ行くと同じに、わたしもまたそれを当たり前に背負い、恥じ、いや背負っていたことも恥じていたことすらも忘れ、やはり当たり前にし、既に気にかけもせず、たくさんのものを、人をすれ違い生きていけるようなだらしのない性分になってしまったからだ。

「混沌とした、漠然とした、煙々しい、陰鬱と錯乱と狂気と焦燥と感傷とまどろみと強欲な怒りと昇天の限りない切れ端のようなものが散漫し鬱蒼と充満」していながらそれらをひとつとして、捕えられずにその吹き溜まりの中に右往左往し佇んでいるばかりなのだ。

竜頭蛇尾、穴があったら入りたい。
これはわたしのための言葉だと思っている。
わたしよりもこれらに親近感をおぼえる人間がいるのであればお目にかかってみたいという気持ち半分、普段からそれを恨めしく思っているにもかかわらず、いざそのような者があると知ればたちまちその者が逸材か何かのように思われひどく嫌悪し嫉妬し怒りをあらわにして直ちにその選抜を崩してやりたいとおもってしまう。

絶望はいやだ。しかし半端な絶望を自道に半端に曳いて生きていくより、大それた絶望を大それた悲愴面で蹴転がして世界一の絶望者として生きていきくことを切望するわたしははんかもの。

わたしは気の弱い優柔不断な性格にもかかわらず、図々しさといっぱしな自己顕示欲からなる吐き違えが掛け違えた故の勝気さが腐ったみたいなケチでみっともない醜態を演じる。

これもまたわたしは"説明文"という種のものが上手ではないと指摘されたことにより、初めて"説明文"という種のものが下手になるような人間だということに通づるのだ。

わたしはできることならば、わたしの中に飛沫しているあの「混沌とした、漠然とした、煙々しい、陰鬱と錯乱と狂気と焦燥と感傷とまどろみと強欲な怒りと昇天の限りない切れ端のようなものが散漫し鬱蒼と充満している」ひとつひとつをひとつ残らず確実に採取し恍惚とした自己満足と余裕の面持ちで、贅沢なあの思い出し笑いなどをしてみたりわざと指でゆっくりなぞってみたりしながら、まるでビロードを連想させるそれらに寝転んで遊んでみたい…。そうして長年患うこの血栓症を、既に塞栓症をどうか克服してみたい。是非ともこの今世で。

ただいつもどうしてもだめなのだ。これは記憶力の、持久力の、忍耐力の、集中力の、瞬発力の、繊細さの欠如、所謂鈍麻あるいは移り気の多さが故の結果だろうか。

例えばふと、自分は看守あるいは取調官になったかと思いきや、犯人思しき人間とあと数名、薄暗い部屋を共にしながらわたしときたら、ただひたすらに用を足すことだけが仕事であった、という謎のワンシーンを漠然と思い浮かべてしまい、それがなんなのか、だからなんなのか、そのこと細かな成り行きや情景を確かめようとすればするほど、長きに渡りシリーズ化された有名ドラマの俳優とイケメン青年現れ、わたしは友人の愛人を奪い、略奪婚を成し遂げる大役を任され、唐突に新人女優賞をかっさうが、その日々の稽古としてエビでとった出汁で沸かした風呂に入らなくてはならず、しかし心優しいアムール虎と一生一緒に暮らせるという嬉しい特典が付与され、心踊る思いに、心満ち満ち満たされたりしてしまい、そうなるともうさきほどのただ用を足すだけが仕事だった頃には戻れないないのであり、その詳細を、その色彩を、おおまかな心情さえ思い出すことができないのである。

どんなことでもいい、どんなことでもそうだ。一見つまらないことでも、またははじめから面白いことでも、そのいきさつ、成り行き、第一印象はどんなものであっても「あ!」と息を呑む瞬間瞬間は幾度も幾度もいくらだってある!それなのにそれを心の中の写真に撮ることができない。いや、写すことはできたとしても、それを見返した時もうそこに写ったものは青写真ですらなく、まるで人事のようで殺風景で感動もなければ「あぁ、あの時の」といったような振り返りすらがない。目の前にあるのはただの白々しさだけなのだ。
そうしてまるで写真のように撮れさえすればまだしも大抵の場合、焦点を定めることすらがかなわない。的を絞ろうとすればするほど直ちにその景色は、わたしを嘲笑うようにぐにゃぐにゃぐにゃぐにゃ姿をかえ、身を翻し、やがてわたしの心の絶景をぬぐい去るのだ。どこかに葬られてしまうように。そうしてわたしは二度とその匂いを捕まえることはできないのだ。

これにはいくつかわたしにも考えられる理由があるように思うのだが、「一つ目は」と、声を大にして言ってみようとした瞬間、「だからさきほど『これは記憶力の、持久力の、忍耐力の、集中力の、瞬発力の、繊細さの欠如、所謂鈍麻あるいは移り気の多さが故の結果だろうか。』と一人合点したばかりではないか」と心の声が聞こえ、わたしはうなだれ、思いのはしくれはまた行儀よく自らゴミ箱の中へ収まりをつけてしまった。言葉になれないわたしの思い達は随分とゴミ箱行きに慣れている。可愛そうなものだ。しかしわたしの吐く臭い息と同じように、往生際の悪さからなかなか彼らは可燃物として燃えてくれず、いつまでも胃液の混じった消化不良の吐物のような匂いをただよわせるのでこちらとしはフラストレーションは溜まる一方である。
「わかった、わかったきみは悲しい記憶喪失なんだね」、「きっときみには記憶するほどの感激や情熱がないのだよ」と言われてしまえばそれまでてある。
この成仏できないフラストレーションは、わたしを真夏の体育館に閉じ込められてしまったかのような気にさせるのだ。とても気が滅入ってしまう。

やはり"説明文"という種のものを云々、に出戻ってしまうのだ。

他にも例えばわたしは絵のコンクールに何度か入賞したことがある。しかしその事件によりわたしは図画の時間になるたびにびくびく怯え、きょろきょろと目を見張る挙動不審ないやらしい子供になってしまった。「次は入賞できなかったらどうしよう」ではない。「入賞する作品を描かなくてはいけない」でもない。入賞するも、しないもかかわらず、少なくともこの世には入賞という、ただやり過ごすだけ(思うがまま)の美しさというものを、無意味で無償の美しさといものを、それらを安易なメッキの額縁で囲ってしまうような閉塞的で暴力的な恐ろしい習わしがあるのだというおっかない現実を知り愕然としたのだった。

「動物さんを描こうね」、「好きなものを描いていいのよ」、「なんでも自由に描いていいんだからね」そういったじゃないか…。なのに…。

なぜ絵を描いているのか、何のために描いているのか、どんな気持ちで、どんなものを、どんなふうに描いて良いのやら、もしくは?むしろ?描かなくてはならないのやらわからなくなり、真っ白なキャンパスは何も描かないうちから既に誰かのいやらしい思惑の手垢でベタベタしているように感じるのだ。既に色褪せているのだ。パレットを彩るたくさんの鮮やかな原色もたちまち古い重油のような混濁色だ。筆の先をバケツに浸すと色が水面にすっと逃げていき、交わり綺麗だと思ったけれど悲しかった。
胸の内には微かな舞があったとしても…。それがとても悲しかった。

今思えば入賞することを目標にたくさん描けばよかったのではなかろうかと思う。しかし当時は入賞の「に」の字すら心に思ってしまえば、更にそれに拠って入賞などしようものなら、わたしの心はひどく落胆し、いたたまれない後ろめたさや侘しさ、恐ろしさに占領されやるせなかった。自分が悪党そのもののように感じた。母が不憫に思えた。母に申し訳なく思った。母のあたたかな胸の中にもう二度と飛び込んではならないのではないかと思った。自分はもう子供として生きてはならないと思った。

けれどまた入賞した。その次も入賞した。絵だけでなく作文や読書感想文の類もたくさん表彰された。
この頃は半ばノイローゼのようになっていた。入賞すればするほど、原稿用紙やキャンパスの類を手にとる瞬間から「入賞」の文字が頭から離れなくなっていた。もうこの苦しみを、胸の内をわたしひとりで抱えきれなくなっていた。わたしはおそるおそる母に尋ねた。母は不思議そうに「入賞いいじゃない?」と言った。「そうじゃない!入賞はどうでもいい!だけど何かを書いたり描いたりするときに『入賞』するかもしれない、とか『入賞』しないかもしれない、とかとにかく、自分の気持ちと『入賞』と両方を考えてしまっているんだ!」と泣きそうになりながら言った。母はこんな卑しい子供が自分の子供であるとしてってきっとひどく落胆するだろう、と思った。なかなか母の目をみれなかった。母はそれでも「ん?だめかな?今はまだ小学生だから作家になったりとか、それでご飯を食べたりする必要はないけれど、大人になればそんな人はたくさんいるし、賞をもらうことが目的の人だっていっぱいいるよ。なんにも悪いことじゃないし、心配することなんかじゃないよ。だけどこれからも好きなことをかいてね。」と言って優しくわたしをみてくれた。母の顔をみた瞬間に長く苦しんだわたしの心は瞬時に晴れた。子どもながらに夜の中には自分の思い違い、取り越し苦労、たくさんの考え方や発想がまだまだたくさんあるのだと思った。

こうして子供という看板を剥奪された悲しみや欲情を初めて知った瞬間の絶望感やセックスをした翌朝の憂鬱さや空っぽみたいな気分など微塵も感じなくなった。

そのかわり、皮肉にもこの時初めてわたしは子供を剥奪され、世間囚としての番号を受理されたのかもしれない。

創作の時間になると、わたしは薄ら笑いをうかべて何事も書いた、描いた、紙という紙に示した。
頭角を現したと自惚れた。作文の時間には自分の想いや心などどうでもよかった。審査員の先生様方のお気に召す、彼らの好物に仕上げることだけに専念した。想い、感動、衝撃、激情、ここにあらず。本末転倒であった。脚色を土台に様々な技巧を凝らすことだけを念頭に書いた。たまに自身でこれでは子供らしさが足りぬ、などととても恥ずかしいことを思いながら恥ずかしい技巧ならぬ卑しさをやった。それでも通ったからわたしは鼻を高くし、図に乗り、しまいに飽き受賞にこだわることも、さらにただ書くことも、描くこともやめた。どうでもよくなった。

アルコールにおいても同じようなものだ。わたしは呑みたくてのんだことがないのだ。美味しくて呑んだことがないのだ。楽しくて呑みたくなることなんてないのだ。いつもわたしは呑まなくてはならないのだ。やり過ごすために。人をがっかりさせないために。おめかしするように。繕うために。戦うために。落とし前と折り合いをつけるために。生きるために。生き逃げるために。昨日に追い越されないようにするために。それをきっと甘えだと言うのだ。知っている。放っておいてくれ。

また、わたしはなにか可愛らしいもの、愛おしいものやその瞬間にでくわした時、とてもいたたまれない気持ちになる。
そのやり場のない気持ちに拠って、わたしは先の可愛らしいと感じる気持ち、愛おしいと感じる気持ちに向き合ったり、更にその気持ちを推し進めるということができないのです。悲しくて身をえぐられるようなやりきれない気持ちになるのです。思い返しただけで心細くなりつい、です・ます調になってしまいます。

幼い頃、お風呂場遊具の動物のおもちゃを浴槽に浮かべて貰いました。その動物達がとても可愛らしくて愛おしくてわたしはやはり悲しくなり可愛そうになり恐ろしくなり狂ったように泣きわめき、すぐに動物達を引き上げてもらいました。
これが物心ついて初めて記憶する奇妙な発作となりました。この悲しい発作は今でも継続してわたしにこびりついてしまっていて、朝目が覚めると長年の悲しみがまるで硬く錆びつき、首に絡まる重苦しさからつい二度寝に逃げてしまうのです。

同じ頃、豪雨の高速道路を走る車に同乗する際もそうでした。
ちなみに、あの鋭利で無機質で、こちらの瞬きするのも忘れさせてしまうほど、一ミリの誤差もなく規則正しく足並みをそろえ雨を払う一対の漆黒のワイパーというものは、不気味な生き物のようで幼いわたしにはとても恐ろしく刺激的で目を見張るものがありました。
そのワイパーが豪雨の高速道路で、まるで狂った様に左右し、おまけに首を絞められた小動物のように動く度にキュッキュッキュッキュッという音をたてて鳴くので、無理やり縛られ無理やり雨に打たれながら働かされている可愛そうな動物かなにかのようにも見え、恐ろしいやら可哀想やら、生きた心地がせず、すると運悪く運転席と助手席の両親が喧嘩を始め、運転手の父は非常に短期が故この豪雨の中、気でも触れたかのように怒鳴り散らし、無茶苦茶な運転を始めるのです。母は泣き、父は更に怒り狂い、それと比例しスピードは緩むことを知らず。昔の車だったのでメーターは180まで印字されておりました。160を越すあたりから、キンコンキンコンと警告音が鳴り響きます。タイヤもガァーと音を立てながら車内はガタガタ揺れます。母は泣き叫びます。幼かったわたしは基本的に全てを擬人化する癖があったので、母は勿論、キュッキュッと鳴く漆黒のワイパー、ガァーガァー吠えるタイヤ…わたしのまわりであらゆるものたちが痛くて悲鳴をあげている…!少し休まなくては皆、息が出来なくなって死んでしまう…!なんとかしなくては…!と、抱えきれらぬパニックを起こしていました。

またすこし脱線をしました。
しかしこの擬人化癖は社会人となった今も薄れることはなく、わたしを静かに苦しめます。というと、なにかわたしが幼稚で、頭が弱く、または心優しく、感慨深く情に長けているふうを装って、いや、幼稚で頭が弱くの点は否めないが、自分の体裁を繕う目的はないのです。

例えば、スーパーなど生花店に並ぶ野菜や果物をみるとその生命力や鮮やかな彩に力がみなぎるのと同時になんだかセンチメンタルになるのです。可愛そう、に似た気持ちになるのです。わたしだって所謂生活人でありますから、その日の献立に拠り玉ねぎ、ピーマン、ニンジン、じゃがいも、エリンギなんて買います。それも馬鹿みたいに「ここからここまでのエリンギ全部!」などというような所謂オトナ買いなんていたしません。人並程度に一パック、多くて二パック。それもまたより良いよい選りすぐりを持って帰ります。
ここです。
隣のおばさんもわたしと同じです。よいものを買ってよい料理をつくり、よい料理を食べ、よい料理を食べさせたいことでしょう。健全であります。しかしみな、手に取り野菜達に厳しい視線を浴びさせ、そうして眉を細め手から離し、ひどい時には投げる様に放ったり、はたまた元のあった場所ではない違う棚に無造作に置き捨てたりするのです。まるで葬りさるように。人は勝手です。人は心無い鬼です。愛しい彼氏に美味しく可愛い晩御飯を拵え、そんな品をこしらえたあたし可愛いでしょ?もっと愛して?というために、少しブサイクで、少しの擦り傷をもったこのエリンギやパプリカを無残にその場に転がし、新たなスタイル抜群のそれらをひょいと手に載せ得意顔でかごの中に丁寧に入れるのです。しかしこれもまた、もしかすると葬られるに同じなのかもしれませんね。
だからわたしはその別の棚に捨てられた彼らをきちんと元の部屋へ戻してやらなければならないのです。従業員の手間を煩わせないため?アホか。このエリンギちゃん達が泣いているからに決まってるやろがボケ!シバくぞ!われ!

わたしは小学生の頃、転勤族の家庭だったため度々転校しました。やっと仲良くなってもすぐにお別れしなくてはならないのです。野菜たちも同じなのです。日本のあらゆる場所から収穫され出荷されこのスーバーのこの棚に並べられ辿り着きました。やっと気心知れた頃になると自分の食うことしか考えない荒々しい浅ましい人間共に出会い、たちまち離れ離れです。友達が次から次へと拉致されてしまうのです。そうして気に入られなかった子達は無惨に別の棚にポイッと捨てられるのです。新しい場所に馴れるがため、おどけ戯れ悲しいピエロの素顔をおまえは知っているのか?なぜエリンギをオクラの棚に置く?テメェ、エリンギの気持ちを考えたことがあるのかよ?せめてもといたエリンギちゃんの棚に戻してやるくらいの慈しみの欠片もないのかね?だからてめぇの息は臭ぇんだ。さっきから隣でトマトのパックをひっちゃかめっちゃかしながハァハァやってるてめぇの息は臭ぇんだよ!

けれどもわたしも先程のビッチや口臭ババアのことなど何も言えないのです。わたしだって、悲しい哉、なるべく見た目の良い、新鮮なものを選びたいからです。何度も手に取り天秤にかけ最終的にひとつを選び、ひとつを手から話す時、とても悲しくなります。毎度、罪悪感のような後ろ髪引かれる思いです。所詮わたしもあの低能ビッチや口臭ババアと同じなわけです。
おまえはきっと「そんなこと言っているとなにも食べられなくなるよ?」、「野菜はそんなことおもってないから(笑)」、「『いただきます!』って感謝してたべたら大丈夫だよ」と言うんだろ。そんなこと100000000000000000回と考えたわ!寄るな臭ぇ!これは、そんな常識や理論や論理や倫理や道徳や理屈や科学や1+1=2なんかじゃないんだ。放っておいてくれ。わたしは怖いのだから。

わたしはどうもいつの時も、執拗なにかに怯え、なにかに囚われ、なにかに威圧され、かにかにきょうふし、なにかにうしろめたく、なにかが恥ずかしく、なにかが許せずに、なにかから逃れようとし、その方法をいくつも編み出し、遂行しようとし、けれどもまた新たななにかに躊躇し、立ち止まり、いらぬ心配の渦に飲み込まれてしまう一人合戦を身につけてしまっているようなだ。

結局のところ信念がないのだ。
だからといって時に身を任せるほど勇敢でもなく、海藻のように大きく優雅な身のこなしをやるほど、ロマンティックなユーモアがあるわけでもなければ寛容でもないのだ。
だからといって、貴様らのようなめでたいハードコア連中の馬鹿の一つ覚えが言う、アレ、恥ずかしいので口にもしたくないがあんな安易な愚鈍な言葉で片付けられたものではないのだ。馬鹿にするな。

きっと誰にだって訳の分からぬ性分や性質の偏り特徴はあると思っている。わたしはそれへの意識が、所謂自意識が深いだけだ。所謂過剰なのだ。だから「苦労」と形容するのはお門違いだ。更に思い悩むのはあの半かものの被害者の面と同じだ。
真の苦悩はこんなに浅はかでない。

やはりわたしは"説明文"という種のものが苦手なのだ。

阿呆共が。
わたしは説明が苦手な訳ではさらさら無い。

この糞共が。
馬鹿にするな。
わたしはただ。わたしはただ。
やはりいつまでたっても辛辣な丸が打てないのだ。
わたしは辛辣な丸が打てるようになりたいのだ。