こんにちは。日記は、また後で書こうと思うんですが、ちょっと語りたいことがあったので。

ラノベ部3にて、「日常」についての話があって、凄く共感したので…。

それに、昨夜…日常モノに関して、語ったりしたという事実もあり、非常にタイムリーだったので(笑)
こういう、考察とか解析とかが好きな方もいるのかなー、なんて(笑) あはははは♪

では、では。

第13話
 竹泡対談 ~それでも世界は廻っている~

堂島が、日常系を好む理由。

「世界が優しいから」

この言葉には納得した。
この堂島の主張を、俺はこう解釈した。

「どこにでもあるようないつまでも続く平凡な日常」こそが、むしろ幻想であるということ。
むしろ、敵を倒せば新たな敵が現われる世界こそが、現実。
世界を壊そうとする敵、大切な誰かを消そうとする敵、自分を容赦なく襲う敵、そんな敵が存在してる方が現実なんだ。
だってそうだろ? 誰にだって、悩みはある。戦わなけりゃならない何かがある。逃げたって逃げ切れない。ツラいこと、悲しいこと、くじけそうになること…そんなんばっかりだ。
ただ部室に集まって楽しくトークだけをしていられるわけでもないし、毎日バカをやりながら過ごせるだけの学園生活でもないだろ。
宿題は嫌だし、嫌いな奴もいるし。将来だってわけわかんないし。そんな、敵が次々いるだろ。
宿題が終われば、次はテスト。嫌いな奴の次には、嫌いな教師。受験が終わっても、次は就職。家計、学費、老後…この世界には、死ぬまで敵が付きまとう。
「いつまでも変わらない」日常なんて、ないんだな。

「どこにでもあるようないつまでも続く平凡な日常」なんてものは、実はこの世界のどこにも存在していなくて、よくある物語の主人公のように、どれだけ頑張っても勝てないような強大な敵と戦ったり、どうにもならない不条理で理不尽な現実に必死で抗うことこそが日常である。
そして、主人公と僕らの違いは、敗北して膝をついたまま終わるかどうか……

いたく共鳴をうけた。

「勇者の物語」は現実のメタファーであり、「どこにでもあるようないつまでも続く平凡な日常」こそが究極の幻想と。

だから、俺は「優しい世界」を求めるのかもな。

竹田の意見は、分かるんだけど…ちょっと小利口にまとめすぎって感じかもな。
そりゃあ、部室でお菓子を食べながらトークをしてる女の子達にだって、カメラの外側には、そういう世界も広がってるだろうけどさ。
漫画やアニメやラノベは、そのカメラを透してしか見れないんだから、やっぱりその世界は優しいんだと思う。
カメラの外側の想像は、読者個人が独自に創造していくものであって…妄想であったり、二次創作であったり。

やっぱり、思うのは…自分自身に不足してると感じてるからこそ、そういう日常系を求めるわけだし。現実で楽しくやってれば、日常系なんかは魅力的に感じられないだろうし。
だから…やっぱり、リア充は日常系を好まない。
(日常系を好まない人がリア充と言いたいわけではない)

うーん…やっぱり、書きたいこと伝えたいこととは、微妙にズレがあるなぁ…。

伝えたかったのは、現実世界は優しくなんかなくて、「勇者の物語」こそがむしろ現実で…立ち上がらずに終わってしまうのが、現実だって。
「日常こそが究極の幻想」って部分は、好きな台詞だなー。

うーん…よく分からないね(笑)

俺自身、絶対に勝てないものがあるしね。それは、距離であったり。
それでも、主人公であるために、打開策を巡らせなくてはならない…そういうもんだ。

とりあえず…日常系は、やっぱり好きだ。