詐術? | ティータイム心和むクラシック音楽を聴きませんか

詐術?

歴史の専門書を読んでいると、学者=著者も史料を読むだけで意図とかをあまり考えていないで通説的批判をしているだけで重要なことを理解せずスルーしていることが時折見られます。まあ、私の妄想かもしれませんから批判はしませんが、他人の成果のちょっと積み上げで仕事をした気になり高い学術書を他人に買わせるみたいなことの累積が学術書が絶望的に買われなくなった一因にも感じます。ただその程度の本自体を読む能力、思考する能力が溶けるように崩れているのもネットでのつまらない意見のやり取りから窺えますからお互い様かと。
相変わらず愚痴めいた長い前置きですが、江戸時代の元禄の通貨改鋳は教科書でも評判は悪く勘定奉行に対する批判は強いですが、意図はきちんと把握されていないように感じます。学者の議論もそこまで突っ込んでいない。詳しい数値は省きますがこの時の改鋳は金貨銀貨ともにされ、金貨は金の比率を下げて銀の比率を上げています。銀貨は銀の比率を下げて銅の比率を上げています。その比率の変化は同じではなく、金貨の金比率の低下の方が大きい。しかし、よく考えると比率は大きくても金貨に混ざる金属は銀で銀貨は銅です。つまり冷静に考えると銀貨の方が品位は下がると思いますが当時の庶民は銀貨の方が価値が相対的に高くなったと認識して著しく銀貨高金貨安になったそうで学者もそのことに特に疑問は提示していないようです。しかし、あくまでも私個人的な印象では銀貨の方が品位は下がったと感じます。しかも悪辣なのは元々銀貨を削った分を金貨に混ぜていると思われ、高くなった銅含有率の高い銀貨を放出して安くなった金貨を回収して単なる金属的出目利益だけではなく相対価格変動を利用して更に利益を幕府にもたらした可能性を感じます。多分意図して。学者もこうした考察はしていない(笑)。ただ昔の学者と似たり寄ったりの官僚批判だけ。しかし、そうした悪辣さは結局は通貨価値の不信をもたらし、更に意図を知らない後世の担当者による露骨な改鋳をしたことにより詐術的意図も崩していったと感じます。満州事変の首謀者の石原莞爾が彼を真似した後輩の日中戦争泥沼に向かう謀略を引きずり出す結果を導き、石原莞爾の意図も崩して暴走し止められなくなったのとちょっと似ている? 政治に詐術を盛り込むとろくなことはない。消費税減税論もろくな結果に繋がらないだろうけどこちらは国民の意志だから悪い結果になっても意外に混乱にならないかもしれません(笑)。