3.11。
今日を生きている私達日本人には決して忘れられない、
ある意味では刻印のような、墓標のような日が今年も来ました。
ある意味では刻印のような、墓標のような日が今年も来ました。
ネットでもTVでも、様々な角度から、様々な視点で被災者の今と昔を取り上げています。
例えば婚約者から2年越しの“ラブレターとか。
犠牲者があまりに多すぎて、枚挙に暇がない。
悲しいストーリーが沢山あったのでしょう。
私個人としてはあの日、身重の嫁が心配で、
2時間の帰途を12時間運転して帰ったことが脳裏に焼き付いています。
無理をして帰宅したのは、妻の事が心配だったからです。
今はもう一人、何より可愛い息子がいます。毎日、息子を想い、仕事から帰宅します。
今の人生の全て、その家庭を失うなんて考えられない。
こんなちっぽけな家庭ですけど、何より大事で。
大げさに書くならば、命をかけても惜しくない。
例えば婚約者から2年越しの“ラブレターとか。
犠牲者があまりに多すぎて、枚挙に暇がない。
悲しいストーリーが沢山あったのでしょう。
2時間の帰途を12時間運転して帰ったことが脳裏に焼き付いています。
無理をして帰宅したのは、妻の事が心配だったからです。
今はもう一人、何より可愛い息子がいます。毎日、息子を想い、仕事から帰宅します。
今の人生の全て、その家庭を失うなんて考えられない。
こんなちっぽけな家庭ですけど、何より大事で。
大げさに書くならば、命をかけても惜しくない。
そんな私と同じような想いを持った家族が東北にも沢山、
それこそ沢山いたと思うと震災の犠牲者の数はやりきれない。
私のように心から大事に思う家族を持っていた人たちが沢山いたでしょうに、
それを無くした人たちがあまりに多くいるのでしょう。
それこそ沢山いたと思うと震災の犠牲者の数はやりきれない。
私のように心から大事に思う家族を持っていた人たちが沢山いたでしょうに、
それを無くした人たちがあまりに多くいるのでしょう。
3.11には反原発とか、日本のエネルギー政策とか、経済とか、いろんな見方があると思います。
それは決して軽視できない、むしろ重要な事です。
それは決して軽視できない、むしろ重要な事です。
ですが、今私が3.11に思うことは原発云々ではなく。一旦、原発も経済も置いておこう。
何故ならあの日亡くなった方のほとんどは核が死因ではなく津波、倒壊の被害者だからです。
何故ならあの日亡くなった方のほとんどは核が死因ではなく津波、倒壊の被害者だからです。
原発の是非を語ることは重要な事ですが、それは震災「以降」の事であって。
2年前に多くの人が亡くなりました。
3.11という日はいろんなイデオロギーを捨て、
ただ震災でなくなった人を思い出し、
建設的な未来を想う日でも良いではないかと感じました。
3.11という日はいろんなイデオロギーを捨て、
ただ震災でなくなった人を思い出し、
建設的な未来を想う日でも良いではないかと感じました。
「神様時間止めて」「神様涙止めて」「神様世界止めて」
もし大事な人を無くしたとして、時間を遡れるのならばこう想うだろうな
20年も経って、この曲をblogで書くとは思わなかった。
もし大事な人を無くしたとして、時間を遡れるのならばこう想うだろうな
20年も経って、この曲をblogで書くとは思わなかった。