お久しぶりです~(*´∀`)ノ まーさんです!
実に半年ぶりの記事となってしまいました~・・・orz
すみませぬ、あの後、仕事量の爆発化に加え、今、アメリカと欧州にて作業をしており、昨年11月よりロクに日本に帰れてません・・・( ゚д゚)
ツイッターもはぐれメタル級の出現率になっており、そろそろ、存在を忘れられそうな勢いになってきましたw
さて、そんな中でなぜ、記事を更新させて頂いたのか?と言いますと、
昨年の今頃、東日本大震災があり、それに関する記事を書いたのが、
ちょうど、このくらいだったのです。
その時から約1年・・・日本の電力事情がどうなったのか?
これを今日は、欧州のイギリスにて見ていたのですが、そんな中で面白く興味深い記事を2つ見つけたので、
ご紹介とこれを交えて、私の意見を少しと思います。
なぜこの2つなのか?と言いますと、この2つの記事が言いたいのは、対案・負担・導入までのプロセスなど、
反原子力における、「やめたら代わりにどうすればいいの?」がないことをいっている記事だからです。
私は昨年、「反対とは"何故?"だけでは意味が無い・・・"ならどうする?"があって初めて前に進めるのだから」
この記事を書かせて頂いてから1年、日本に居ないこともありましたが、
様々なメディアを通して、反原子力運動における流れを見ていました。
近年の日本の中で最も人の良さ・悪さが透けて見える事柄でもあったと思います。
上記の2つの記事では、その対案に関しての「負担」・「導入までのプロセス」について
言及していますが、非常に日本人の性格を捉えて指摘していると思います。
まず、「民主主義の成熟度が試されている」では、対案における「負担」を大きなターゲットにしています。
反原子力が実現した時の電力に関して、ニューハンプシャー州の州税を比較に上げています。
この内容の様に日本で原発を使わないようになれば、代わりに節電を毎日意識し、上がり続ける電気代についても
口を閉じて払い続けるだけのことをしなければならないと書いていますが、正にその通り。
しかし、過去の日本の傾向から見ても、電気代が上がればクレームの嵐になり、節電も同じになるでしょう。
そして、反原発運動がなくなる代わりにCO2排出問題・地球温暖化の運動が始まる。
そうすれば、問題は結局、振り出しに戻ることになるのではないでしょうか?
そして、その導入までのプロセスの問題を身近に考えているのが、もう一つの記事
「脱原発を決めるには」となります。
原発の代わりとして注目されている「自然エネルギー」までの導入を身近な点に置き換え、
実際に発生した場合の日本人らしい反応で書いています。
これら記事を読んで、結局、問題は1年前から変わってないのか?と思ってしまいました。
生活基盤を変える問題では、多くの賛成・反対意見があるのは当然のことです。
しかし、非常に残念なのがこの問題を訴える人の中で、「負担」・「導入までのプロセス」を正しく理解していない人が多すぎる。
輪番停電の時ですら、あれだけの問題になり、電気代の値上げでもメディアで散々な結果となっています。
それ以上に問題になるであろう脱原発を行え!という今の運動に、リスクを正しく捉えてなさすぎる。
これが震災から1年経った日本の現実だと思うと、少々悲しいですね。