『舟を編む』 三浦しをん


「みっちゃんは、職場のひとと仲良くなりたいんだね。仲良くなって、いい辞書を作りたいんだ」

「言葉ではなかなか伝わらない、通じあえないことに焦がれて、だけど結局は、心を映した不器用な言葉を、勇気をもって差しだすほかない。相手が受け止めてくれるよう願って。」









奈穂


『風が強く吹いている』 三浦しをん



「竹青荘の住人たち」

「ああ、と走は思った。もしもハイジさんの言うとおり、走ることに対するこの気持ちが、恋に似ているのだとしたら。恋とはなんて、報われないものなんだろう。
一度魅惑されたら、どうしたって逃れることはできない。好悪も損得も超えて、ただ引き寄せられる。行き先もわからぬまま、真っ暗な闇に飲まれていく星々のように。
つらくても、苦しくても、なにも得るものがなくても、走りやめることだけはできないのだ。」

「一キロを二分四十。平地では、ユキには出せないタイムだ。こんなペースを平地で五キロも持続できるのは、ユキの知るかぎりでは、走ぐらいのものだ。
そうか、これはたぶん、走が体感している世界だ。ユキは胸が詰まる思いがした。
走、おまえはずいぶん、さびしい場所にいるんだね。
こんな速度で走ることを許されたら、たしかに中毒のように耽溺してしまう。もっと速く、もっとうつくしい瞬間の世界を見てみたい、と。それはたぶん、永遠にも似た一瞬の体感なのだ。」

「その二秒は、俺にとっては一時間ぐらいある。」









奈穂