『受難』 姫野カオルコ

「五十五歳になったらどこかの修道院で神様とともに過ごそうと思ってるけど」

「かなしむと怒るじゃない。かなしむということは、“自分の現状が自分にはふさわしくなくて、自分はもっと男に愛されるべき女なのだ、それなのになぜ愛されないのか”という心理の表れだから傲慢だ、って」
古賀さんに怒られ罵られつづけて三年、かなしむということを訓練によって制御できるようになったフランチェス子である。








奈穂