入院してからの毎日が学びの連続だったりする。


それは、別に入院して時間が出来たからという訳ではない。


別に入院に限らず、どんな時も学びの時間は続いているのであり


それに気付かない、意識していないだけなのだと思う。


今日は、また一つ大切なことに改めて気付かされた。


入院6日目の夕食


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私が食べているのは、勿論「一般常食」ではない。


私が食べているのは、膵臓病食という脂質を制限した食事である。


今日、入院して6日目の夕食のメニューは


・白飯


・鱈の香味野菜のせ


・切り干し大根の酢醤油和え


・ほうれん草と油揚げの煮浸し。


今回は、私自身の希望で栄養士さん協力のもと、かなり無理な対応をお願いしてしまった。


というのも、普通は病院の食事に注文を付ける奴なんかいないと思う。


好き嫌いで、食べないという人はいると思うけど


だけど、病院で提供される食事の本当の意味を考えた時、出された物を黙って食べるだけでは、入院中は良いかも知れないけど、退院後に入院中に近い食事療法を続けることは困難だということに気付かされました。


何の為の栄養学なのか?


何の為に、病院食として提供されているのか?


それは、病院の食事は普段楽しむ為の食事しかしていない人には理解できないでしょうけど、病院の食事というのは治療の一環だということを知っていなくてはならないのだと思います。


昔から病気になった時には栄養のある物を食べて「滋養」を付けなさい。と言われてきました。


つまり、病気の時は食事でさえも、というより食事こそが睡眠と等しい治療法の一つということを意識しなくてはならないのだと。


病気の時だからと、高級なメロンや高カロリーな物を食べたからと言って、病気が治る訳ではないのです。


その身体の状態に合わせて、その時に身体に一番負担を掛けない食事をすることが、一番望ましいことなのだと。


人に取っての食事というのは、楽しむ為の物でもあるのだけど

本来は楽しむ為の物ではなく、この身体を維持する為の物だということに気付かされました。


炭水化物ダイエットだとか、素人が簡単に手を出してはいけないことに、テレビや雑誌で不正確な情報を垂れ流して、返って健康な人を不健康にしている。


自分の体形、体質にあった食事をすることが人を健康にするのだと、今回学びました。


長寿のお年寄りがインタビューで、何でも美味しく食べられることが長寿の秘訣だと口にします。


それは、何を食べても栄養と出来ること、「正しい滋養」を行っているから言えることなのだと思います。


学びとは、自分の身の回りに沢山あります。


以前、哲学の師がそのように教えてくれました。


日々是勉強


私に取って、学べるということは何にも代えがたい喜びなのだと思っています。