नमस्कारः 導明です。
今、何気なくカレンダーを見ていて透析を始めて10年が過ぎようとしていることに、あっという間の10年だったなぁ〜などと考えていました。
ジョーティシャのダシャーで言うとスーリヤ期の終わりでした。
あの頃は、もっとコアな研究をしていて人間の寿命について日々クンダリーの見て、聖典を紐解き翻訳して自分の寿命を研究材料に没頭していたのを思い出します。(笑)
あの頃、自分の寿命がその時点から9年強から10年弱という結果を導き出し、愕然とするのと共に自分のダルマとは何か?真剣に考えるようになりました。
自分には、時間がないという思いと時間がないなら無いなりに何をするべきか?
私が導き出した答えは悔いのない人生を送ることでした。
自分が如何に無駄に時間を過ごしてしまったことを後悔しました。
それまでは、哲学クラスにおいてもマントラの詠唱は苦手で、マントラクラスの時には参加しなかったりなど逃げてしまう自分がいました。
その後、透析を始めるための手術を行う時に、私のジョーティシャの師匠に報告したところ、その話が哲学の先生に伝わり私のためにとपञ्चाक्षर मन्त्र(パンチャ・アクシャラマントラ)を唱えなさい、そしてシヴァ神に祈りなさいという処方を頂きました。
そこからヴェーダンガ(6種類の補助学)について学びを深めることになり、苦手だった。マントラの詠唱も今ではルーティンとなりました。
マントラの詠唱は、プラーナーヤーマを正しく行うことに意味があります。
プラーナーヤーマは、生命活動の根源である呼吸そのものだからです。
私はヨーガのことは余り詳しく無いので言及は避けますが、呼吸をしっかりとすることの意味については、この10年間で体を使って学んだような気がします。
マントラの詠唱を行う際、しっかりと呼吸をし、デーヴァナーガリー文字に合わせた息遣いで詠唱すると生命力が増すことを実感として感じています。
哲学の先生がपञ्चाक्षर मन्त्रを処方してくれた意味がとても深くそして、その人にとって重要な鍵となることを学ばせていただきました。
ジョーティシャとして処方は当然のように扱うものです。
そう考えると、処方の大切さを同時に学ばせていただいたのだと今は思っています。
話を戻しますが、自分自身で出した寿命は9年強から10年弱でしたがその期間に何があったかと言うと、私は昨年コロナに罹患し死にかけました。
時期を考えると、寿命の計算を出した時から、ちょうど9年と少し経った頃です。
つまり、何もせず苦手なものから逃げ時間を過ごしてきたならば、おそらく私はコロナにより命を落としていたのだと思います。
ジョーティシャは計算によって答えを導き出します。
つまり、自分が出した寿命の時期はほとんど間違いなく合っていたことになります。
ただ、昨年のコロナ罹患で命を落とさなかったのは、ひとえに先生から処方されたマントラを詠唱し、それに伴う正しい呼吸法などにより生命力が増したことで、命を落とさずに済んだのだと思っています。
私にサンスクリット語の重要性を教えてくれたジョーティシャのもう1人の先生が言っていましたが、人間には一生のうち3回は死にかけるようなことが起きると。
今わかっていることで、あと2回寿命に関して危険な時期があると思っています。
その時期は、前回のコロナ罹患を1度目とするならば、次は2029年の春頃に訪れると計算では出ています。
そして、クンダリーに示された内容から私が75歳になる頃、寿命を全うする時期がやってくることが予測できています。
とは言え、未来の事はその時が来るまでお楽しみにしておくのが1番良いことなのかもしれません。
人間必ず1度は死にますからね(笑)
言えることとして、いかに後悔を残さず、寿命を全うするのか?が重要なんだと思います。
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