不羈独立聞きながら思った
事があるのでちょいと書く。

峭刻…うん、昔そうだった。
でもね、誰も彼にも向けて。
一つ言っときたい事がある。
人はいつまでも同じ場所に留まる事はない。

【どんなに停滞しているように見えたって。
 どんなに阻まれているように見えたって。
 それでも人は進むんです。】

誰のどんな思惑をも乗り越え。

その結果得た時の感動の感情はその人だけの物。
でも、感謝はしないとね?
助けてくれた人達、気付かせてくれた人達。
櫻達を止めようとしたけど止められなかった人達。


全員が、何らかの形で関わる。
敵も味方も関係なし。
それは何かを作り出すのに必要なこと。

エネルギーの授与。
授け与えること。どんな形にしろ。
応援って言うのは応じて援ける(たすける)から
応援って言う。でもコレは誤りなんです。
応じなくても援けるのが本当の応援。

敵にすら塩を送る。
困った時は、敵味方越えて。お互い様。
でも、まあ…元気になったら。
また。敵味方に分かれるんだけどね。

でも、それでもね。
【ううむ、敵ながら天晴れな奴。】(てきながらあっぱれなやつ)
…こんな具合に、相手の印象には援けられた事実が
きっちりと残るんだから。

それなら。助けを求める者に関しては当然。
助けを求めたくても求められない人に関しても。
…手を差し伸べるのは当たり前なんじゃないかな?