5歳になる少し前に立会川から北品川に引っ越してきた。

東京の南の下町のなかで、ローカルからややメジャーなところに昇格した感じ。

以前両親がしばらく住んでいた町で、わたしが生まれた病院も南品川にあった。

 

 

目黒川沿いの荏原神社と京浜急行の北馬場(きたばんば)駅の向こうの品川神社では6月にお祭りがある。

わたしがこどものころは、北品川から鮫洲あたりまでの大きなお祭りだった。

 

 

小学校1年生のときがわたしのお祭りデビュー。

朝から金魚の柄の浴衣を着て下駄を履いてアパートを飛び出す。

近所のおにいさんといっしょに、お神輿にくっついてどこまでもいった。

おにいさんたちの誰かがつねにわたしをおんぶしたり肩車したりしていて、下駄を持っている人も別にいる。

お神輿に台が入る休憩の時間、わたしも下されて下駄を履かせてもらうのだった。

道沿いの家からお赤飯とそら豆の茹でたのがふるまわれ、みんなはビールわたしはジュースを飲んだ。

 

 

品川のお神輿には太鼓が載っている。

細長い竹のバチでそれを叩く。

横笛を吹く人も一人二人ついてきていて、太鼓と笛とで「台拍子」というものを奏で、お神輿の担ぎ方をコントロールするのだ。

台拍子には担ぎ手のビールと汗が混ざって蒸発したような熱っぽいにおいがつきもの。

そんなに嫌な感じはしなくて、わたしは最初から好きだった。

 

 

 

お神輿がお旅屋に戻ると神社の境内の露店を回った。

わたあめやカルメ焼きやベビーカステラの甘いにおい。

樟脳船の樟脳のにおいをかぐと胸がすっとする。

海ほうずきのお店のまわりは少しひんやりして海のにおいがした。

そして、焼きそばやお好み焼きのソースが焼けるにおい。

それらがぜんぶ合わさって人波に乗って流れてくる。

 

 

 

神楽殿からは祭囃子。

品川のお囃子は八王子の師匠に習ったものとかで、神田あたりのお囃子と比べるとテンポがゆっくりしている。

 

 

 

露店のにおいとお囃子がいっしょになってわたしの名前を呼んでいると思ったものだ。

近所のおにいさんが、おにいさんのともだちが、同級生が、初恋の彼が…

人と人の間からわたしを見つけて呼んでいる。

 

 

 

いま住んでいる国立では9月に谷保天満宮のお祭りがある。

大学通りにも露店が出るので、わたしも出かける。

ベビーカステラのお店の前に立つと隣の焼きそばの鉄板からソースが焼けるにおいがやってきてカステラのにおいに混じる。

スピーカーから流れる祭囃子のなかに、わたしを呼ぶ声がたしかに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

羽生さくる/パーソナルエディター

 

東京都品川区生まれ。

東京女子大学日本文学科在学中からエディターとして仕事を始める。

1988年「部長さんがサンタクロース」(はまの出版)でエッセイストとしてデビュー、「お局さま」の言葉を世に送り出す。

以来、単行本を8冊出版。

現在はエッセイストとして執筆のかたわら、文章教室を主宰。

これまでに指導した生徒の年齢は14歳から88歳までと幅広い。

「自分らしく、自由に」をモットーに、のびのびと自分の文章が書けるように見守りながらプログラムを進めていく。

 

 

 

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